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◇◇ 主日の説教 ◇ B年 ◇ 担当 佐々木 博 神父
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年間第7主日・ B年(12.2.19) |
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「子よ、あなたの罪は赦される」
今日の朗読聖書によるテーマは、罪の赦しについてのまさに聖書的とらえかたを説明していると言えましょう。 早速、第一朗読ですが、旧約聖書のイザヤ書が特にイスラエルの民の罪の赦しについて語っています。しかも、バビロンからの解放という神の救いのみ業を背景にした体験を説明しています。 「初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな。見よ、新しいことをわたしは行う。・・・わたしは荒れ野に道を敷き、砂漠に大河を流れさせる」と。 これは、あきらかに、捕囚の民が 50年以上にわたる強制移住から解放され、ようやく故国に変えることができるという、救いの出来事が間もなく実現するという希望と慰めに満ちた預言に他なりません。そのために、先ず、過去の出来事を振り返るのではなく、神がまさに始めようとしておられる「新しいこと」に注目しなければならないと言うのです。確かに、バビロンにおける捕囚という体験は、民の罪がその原因だった。そのことを、次のように神ははっきりと宣言されました。「ヤコブよ、あなたはわたしを呼ばず イスラエルよ、あなたはわたしを重荷とした。・・・あなたの悪のために、わたしの重荷を負わせた」と。 けれども、神はイスラエルの回心をまってから彼らを赦すのではなく、既に彼らの罪をすべて吹き払ったので、今こそ、神に立ち帰ることができると言うのです。イザヤはそのことを、次のように大胆に描いています。 「イスラエルよ、あなたはわたしの。わたしはあなたを形づくり、わたしの僕とした。イスラエルよ、わたしを忘れてはならない。わたしはあなたの背きを雲のように 罪を霧のように吹き払った。わたしに立ち帰れ、わたしはあなたを」と(イザヤ 44.21-22)。なぜなら、罪が赦されることによって、まさに神の栄光を表すことができるからであります。神は、わたしたちの罪の赦しを、あくまでも、神の視点で受け止めておられるのです。 「わたし、このわたしは、わたし自身のために あなたの背きの罪をぬいぐい あなたの罪を思い出さないことにする」と。 自分の小さな殻から抜け出で、神の視点で自分の罪を見ることが、赦しの体験の本質なのです。ですから、神は何のために人間の罪をお赦しになるのか、その本音をしっかりと聞かねばなりません。 「わたしはこの民をわたしのために造った。かれらはわたしの栄誉を語らなければならない。」
個人の罪の赦しを願って また、詩編には、ダビデ王が自分の犯した重大な過ちを悔み、ひたすらへりくだって罪の赦しを願う次のような祈りがあります。 この回心の祈りは、ダビデ王が部下の妻バト・シェバを奪ってしまった後、預言者ナタンのもとで深く悔い改め、赦しを願ったときと説明されています。 「神よ、慈しみによって、わたしを顧み、豊かな憐れみによって、わたしのを消し去ってください。 悪に染まったわたしを洗い、罪に汚れたわたしを清めてください。 わたしは自分のを認めます。わたしの罪はいつも目の前にあります。 ・・・ 実に、わたしは生まれた時から悪に染まり、母の胎内に宿った時から罪に汚れていました。・・・ み顔を背けて、わたしの罪を見ず、わたしの悪をすべて消し去ってください。神よ、わたしのうちに清い心をつくり、わたしの霊を強めて、新たなものとしてください。・・・」(詩編 51.3-19)。
子よ、あなたの罪は赦される 次に、今日の福音ですが、イエスのおことばには、わたしたちを変える力が込められていることを、見事に描いているのではないでしょうか。 恐らく寝たきりになっていたの人を、四人の親切な友人が、何と人様の家の屋根をはがして、イエスの前につり下ろしたと言うのです。そこで、イエスは、まずその四人のイエスに対する信仰、つまり、全面的に信頼していることに、気づかれたのです。つまり、信仰における連帯が、どれほど大切であるかを示しています。そもそも、その病人をイエスのもとへ連れて来たのは、病気を癒す力を持っておられるイエスに対する信仰があったからです。ですから、群衆に阻まれている現状を打開する知恵と勇気をも与えられたのではないでしょうか。そして、何よりもイエスのおことばに対する確固たる信頼を四人はすでに持っていたということです。 かなり前の話になりますが、イエスのおことばに秘められている力は、わたしたちを変えてしまうことができることを、まざまざと見せ付けられた出来事がありました。 ある日、突然見知らぬ中年の男性が、司祭室のドアをノックしていきなり入って来ました。「先生、わたしの話を聞いてください。お願いします」と、まさに切羽詰まった様子で目の前に現れたのです。御肉屋さんの主人なので、白い仕事着を着たまま、教会に飛び込んで来たのです。店の若い者と、奥さんとの関係に気づいて、すごく腹を立てて、自分が握っていた肉切り包丁で、奥さんとその若者を刺し殺したいという思いを、必死に抑えて、教会に逃げ込んだというのです。 彼は、「『イエスは、敵をも愛しなさい』と聖書に書いてあることは、知っていますが、それは本当何ですか」と、強い口調で問い掛けて来ました。 いきなり、言われたので、正直、すぐに答えることができませんでしたが、 おもむろに「確かに、イエスはそのように言われたとわたしは信じています」としか言えませんでした。それから、重苦しい沈黙が続きました。・・・二三十分も経ったでしょうか、いきなり「先生、電話を貸してください」と立ち上がり、家に残っていた奥さんに「今、教会にいるが、すぐ帰るから、 昼飯を用意してくれ」と。彼の心に沸き上がった殺意と、イエスのおことばとの強烈な葛藤を経て、とうとう、相手を赦す気持ちに辿りついたのです。イエスが言われた「子よ、あなたの罪は赦される」、また「起きて、を歩け」のいずれのおことばにも、現実を根本的に変える力が秘められています。 イエスのおことばを、多くの人たちに伝えることが出来るように共に祈りたいと思います。 |
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年間第6主日・B年(12.2.12) |
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「イエスが深く憐れんで、手を差し伸べ」
今日の福音が伝える、重い皮膚病のいやしの出来事は、ただ病気そのものの回復だけではなく、当人の社会復帰をも暗示しています。既に、旧約時代からこの病気の患者は、宗教的に汚れた者とされ厳しい掟が課せられていました。それは、『レビ記』で次のように命じられています。 「重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、『わたしは汚れた者です。汚れた者です』と呼ばわらねばならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は一人で宿営の外に住まねばならない。・・・」 また、もし、その病気が治った場合には、清めの儀式が必要でした。 「祭司は宿営の外に出て来て、調べる。患者の重い皮膚病が治っているならば、祭司は清めの儀式をするため、その人に命じて、生きている清い鳥二羽と、杉の枝、糸、ヒソプを用意させる。・・・」(レビ記13.45-46:14.3-4) 実は、聖書で「重い皮膚病」と訳されている言葉は、数年前までは、「らい病」と言われていました。けれども、昭和 28年8月15日に制定された「らい予防法」は、結果的に患者の方々に対しての偏見や差別だけでなく基本的人権を侵すような実態を改善できなかったので、平成8年4月1日に廃止されました。ですから、聖書の中でも言われていた「らい病」という言葉も一種の差別用語になっていたので、「重い皮膚病」にすべて改めたのです。とにかく、旧約時代から、「ハンセン病」に対する偏見や差別、さらに人権を侵害していたのは歴史的事実です。 例えば、 1965年6月4日、ヨハネ・パウロ2世によって福者にされ、さらに2009年、教皇ベネディクト16世によって聖人にされたベルギー人の宣教師ダミアン神父は、ハワイの島モロカイで、ハンセン病で苦しんでいた大勢の患者の方々に対する献身的な奉仕に生涯をのです。当時、ハワイの島々では、ハンセン病患者の方々の世話をする人は誰もいませんでした。そのことに気付いたダミアン神父は、モロカイ島に隔離されていた患者さんたちの世話をするために、 1873年5月9日、その島に向ったのは彼が初めてだったのです。それまでは、その島で患者さんたちの看護をする人が全くいなかったので、誰からも看取られずに孤独のうちに亡くなって行くのが、ハンセン病患者さんたちの宿命だったのです。そのような荒れ果てた環境改善に、ダミアン神父は取り組んだのです。けれども、患者さんたちと心を通わすことは、なかなか難しかったのです。つまり、神父も「貴方たちらい患者―」に、向う者であり所詮部外者だったのですが、そこで、神父はもう患者さんの患部に触れること、感染の可能性をも恐れなくなりました。そして、とうとう神父自身もハンセン病に感染し発病してしまったのです。こうして、神父は、初めて「我々らい患者―」として関わることができたのです。しかしながら、その後、かれの病状は悪化し、 1889年4月15日、協力者の司祭や、シスター、患者さんたち、医師に見守られてその苦難に満ちた生涯を終えられました。ちなみに日本に現存する最も古い歴史をもっているハンセン病の療養所は、パリ外国宣教会の宣教師テストウィド神父によって創立されました。 1883年、水車小屋にひそかに隠れ住んでいた6人のハンセン病の患者さんたちに出会った神父は、その後度々そこを訪問するようになりました。それから、6年後の1889年5月16日、ハンセン病者のための療養所として「復生病院」が正式に開所したのです。また、1923年には、ただ一人の看護婦として井深八重さんが着任しています。実は、八重さんは、1919年ハンセン病と診断されて、復生病院に隔離入院させられました。ところが3年後の1922年にそれが誤診だったと分ったのですが、五代目の院長レゼ―神父の患者さんたちを献身的に看護している姿に感銘し、退院しないで病院に留まることを決意します。その後、看護婦の資格を取得し、その病院の最初の看護婦として働くようになりました。当時は、ハンセン病とその患者に対する厳しい差別と偏見があった時代であったにも関わらず、極貧の状態だった復生病院の婦長として献身的に看護にあたり、その生涯をハンセン病患者の救済のために献げたのです。彼女の働きは、国際的にも高く評価され、1959年には教皇ヨハネ23世により聖十字勲章を、1961年には、赤十字国際委員会よりナイチンゲール賞を受賞し、また、日本カトリック看護協会の初代会長に就任しました。ダミアン神父にしろ、井深八重婦長にしろ、の福音が伝えているイエスの働きに見事に参加したイエスの弟子たちと言えるのではないでしょうか。 実は、わたくし自身も一年間だけでしたが、宮城県の北部にある国立ハンセン病療養所の信者さんたちのために、毎日曜、ミサをささげ、聖堂に来ることができない方々には病室を訪問し、聖体を授けました。或る日曜日、いつものよう個室に入っていた重症の患者さんを訪問したときです。「神父さん、みことばをください」と、か細い声で訴えたのです。その方は、もう何も口にすることができなく、ただ点滴に頼って最期を迎えた方でした。ですから、ご聖体を頂くことができなかったのです。そこで、せめて、みことばから生きる力をもらいたいと切に願ったのです。「みことばをください」との願いにどのように対応したらよいのか、結局、その日のミサでの説教を録音して、毎週届けるようにしました。その方は、 62年間の闘病の人生を全うし、神のもとへ旅立たれました。火葬で残されたのは、真っ白に輝いていたお骨でした。すでに、復活の恵みを先取りしたかのような、美しい場面がいまでも鮮明に残っています。
キリストに倣う教会となる 次に、今日の第二朗読ですが、パウロが創立したコリントの教会に、分裂騒ぎ起こり本来の教会の姿を損なうような状態を修復しるために書かれたパウロの手紙からとられています。先ず、キリスト者の基本的生き方を確認しています。 「あなたがたは食べるにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい。ユダヤ人にも、ギリシャ人にも、神の教会にも、あなたがたは人を惑わす原因にならないようにしなさい」と。
つまり、偽善者にならないように、信仰を生活のすべてにおいて表すような生き方に徹しなさいということです。まして、つまずきを与えるような行動は、極力避けなければなりません。ですか 「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」と(ヨハネ 13.34-35)。また、この一週間、日々愛の実践に励むことができるように共に祈りたいと思います。 ダミアン神父と井深八重さん |
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年間第5主日・B年(12.2.5) |
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「試練を乗り越えるために」
今日の第一朗読は、『旧約聖書』の中で独自の文学類型をもっている『ヨブ記』からとられています。著者は、恐らく当時のオリエント世界の多くの国々を旅して、幅広い知識と経験を積み重ねたので、このような優れた文学を生みだすことができたと考えられます。この文書が書かれたのは、紀元前500年から400年の間と思われます。とにかく旧約聖書の中で、なぜ義人(正しい人)も苦しまなければならないのかという難題に、正面から取り組んだ唯一の書物です。
当時は、人間が体験する精神的、肉体的な病気や障害など、災いをもたらすのは悪霊(汚れた霊)の仕業であると考えられていました。また、同時に、人間が体験する様々な障害は、罪の結果であるという「因果応報」の解釈も広まっていました。ですから、イエスの時代にも、たとえば、生まれつきの視覚障害者に出会った弟子たちは、イエスに尋ねました。「ラビ、この人が、生まれつき目が見えないのは、誰が罪を犯したからですか。この人ですか。それとも両親ですか」と。それに対して、イエスは、お答えになりました。「この人が罪を犯したのでもなく、この人の両親が罪をおかしたのでもない。むしろ、神の業がこの人のうちに現れるためである」と。そして、早速、彼の障害を取り除かれました(ヨハネ9.1-7参照)。
ところで、ヨブが被った禍は、罪の結果ではなく、すべて神の許しを得て、サタンが仕組んだことになっています。ですから、冒頭で、ヨブは、次のように紹介されます。 「この人は、非の打ちどころがなく、正しく、神を畏れ、悪を遠ざけていた。彼には七人の息子と三人の娘が産まれた。・・・彼は東のすべての国々の中で一番の大いなる者であった。」 けれども、彼に、次から次へと禍が容赦なく降りかって来ました。 「ある日、息子と娘たちが、長男の家で食べたり、ぶどう酒を飲んだりしていた時のことである。一人の使いがヨブのもとにやって来て言った、『牛が耕し、ロバがその傍らで草をはんでいると、シェバ人が襲いかかり、それらを奪い取りました。・・・』。」 「この男がこう話していると、さらに一人の男が来て言った、『ご子息さまやお嬢さまたちが、ご長男の家で、食べたり、ぶどう酒を飲んだりしておられると、荒れ野の向こうから 大風が吹いてきて、家の四方を襲いました。それで若い方々の上に家が倒れ、みな死んでしまわれました。・・・』そこでヨブは立ち上がり、マントを裂き、頭を剃り、地面にひれ伏して礼拝して言った、『わたしは裸で母の胎を出た。裸で、そこに帰ろう。主が与え、主がお取りになった。主の名は祝されますように』。これらすべてのことにおいても、ヨブは罪を犯さず、神に愚痴ひとつこぼさなかった。」 そして、とうとう最大の試練を受けることになりました。 「するとサタンは主に答えて行った、『皮膚には皮膚です。人は自分の命のためなら、持ち物一切を差し出します。今、あなたは手を伸ばして、彼の骨と肉を打ってごらんなさい。彼はきっと面と向かって、あなたを呪うでしょう』。 そこで、主はサタンに仰せになった、『では、彼をお前の手に任そう。しかし、彼の命だけは助けてやれ』。そこでサタンは、主の前から出ていって、足の裏から頭のてっぺんまで、悪性の腫れ物でヨブを苦しめた。彼は灰の中に座り、陶器のかけらで体中をかきむしった。」 そこに、三人の友人が彼に下ったすべての不幸を聞いて慰めにやって来きますが、ヨブは自分が体験している禍について嘆き始めます。今日の朗読個所は、地上における人間の苦しみについて嘆く場面であります。ヨブが最も悩んだのは、なぜ、このよう最悪の禍が自分に降りかかってきたのか、そのを知りたいということでした。 けれども、とうとうヨブは、神に向って「なぜ」と問うことを止めなければならないということを悟ります。ですから、神に向って次のような信仰告白ができたのです。 「あなたは、どんなこともおできになり、どんな計画でもできない方ではないことを、わたしは悟りました。・・・わたしは、あなたのことを耳にしていました。しかし、今や、この目であなたを見ています。それ故、わたしは塵と灰の上に座り、自分を退け、悔い改めます」と(ヨブ記1.1-42.16参照) 。 自分に与えられた試練は、ただひたすら従順に受け止め、それを乗り越えなければならないのです。パウロは、試練について次のような適切な説明をしています。 「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるように、逃れる道をも備えていてくださいます」と(コリント一10.13)。
癒し主であるイエス
次に、今日の福音ですが、イエスのこの地上での3年間にわたる働きの中で、最も多かったのはあらゆる病気を癒されたこと、次いで、悪霊を追い出されたことを伝えています。 ところで、今週の土曜日は、「世界病者の日」ですが、1984年2月11日、「ルルドの聖母の記念日」に前教皇ヨハネ・パウロ二世が発表なさった使徒的書簡『サルヴィフィチ・ドローリスー苦しみのキリスト教的意味』によるものです。そこで、今年も教皇様はこの日に因んでメッセージを御出しになりました。その全文は、今日の「カトリック新聞」の四面に掲載されています。その中から少し長くなりますが、引用したいと思います。
「福音書を読むと、イエスが常に病者に特別な配慮を示しておられたことがはっきりと分ります。イエスは病者の傷をいやすために弟子たちを遣わしただけでなく、病者の塗油も制定しました。ヤコブの手紙は、この秘跡のわざが、すでに初期キリスト共同体で授けられていたことを証言しています。全教会は、長老の祈りを伴う病者の塗油によって、苦しみを負い栄光を受けられた主に病者を委ねます。主が病者の苦しみを和らげ、彼らを救うためです。教会はさらに、神の民の善に貢献するために、キリストの受難と死に霊的に一致するよう病者を励まします。・・・いやしの秘跡は、病者がキリストの死と復活の神秘にこれまで以上に完全に一致するのを助ける、神の恵 ですから、信徒の皆さんも、病人の方々を訪問し、聖体をさずけることができます。とにかく、いやしの奉仕を忠実に続けることは、共同体に託された大切な務めです。 サタンに苦しめられるヨブ(ブレイク) |
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年間第4主日・B年(12.1.29) |
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「黙れ。この人から出て行け。」
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年間第3主日・B年(12.1.22) |
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「二人はすぐに網をすてて従った」
今日の三つの聖書朗読箇所は、いずれも共通して回心への呼びかけがテーマになっていると思います。先ず、第一朗読は、遅くとも紀元前三世紀末に書かれたもので、アッシリア帝国の首都ニネベの人々に回心を訴えた預言者ヨナの体験を語っています。また、第二朗読は、パウロが、創立したコリントの教会が分裂騒ぎを起こしていると聞き、まさに彼らの回心を呼び掛けキリストの再臨が押し迫っているので、神に立ち返るように情熱を込めて書き綴った手紙からとられています。そして、今日の福音ですが、最初の四人の弟子たちが、すべてを捨ててイエスに従った召命の場面を描いております。 それでは、まず、預言者ヨナの回心の物語に注目して見ましょう。この預言書の第一章では、ヨナ自身の回心の体験が、あたかも冒険物語のような文体で語られています。ですから、本文のさわりの箇所をそのまま引用したいと思います。 「主のことばが、アミタイの子ヨナに臨んだ。『さあ、大いなる都ニネベに行って、町に向って叫べ。彼らの悪がわたしの前に届いている。』しかし、ヨナは、主から逃れようとして出発し、タルシシュに向った。・・・人々に紛れ込んで主から逃れようと、タルシシュに向った。」(ヨナ書1.1-3)預言者であっても、神の思いにではなく、自分の思いに負けてしまう弱さを持っていたことに注目したいと思います。そして物語は、冒険物語に展開して行きます。 「主は大風を海に向って放たれたので、海は大時化(おおしけ)となり、船は今にも砕けそうになった。船乗りたちは恐怖に陥り、それぞれ自分の神に助けを求めて叫びをあげ、積み荷を海に投げ捨てて、船を少しでも軽くしようとした。しかし、ヨナは船底に降りて横になり、ぐっすりと寝込んでいた。船長はヨナのところに来て言った。『寝ているとは何事か。さあ、起きてあなたの神を呼べ。神が気づいて助けてくれるかもしれない。』さて、人々は互いに言った。『さあ、くじを引こう。誰のせいで、我々にこの災難がふりかかたのか、はっきりさせよう。』そこで、くじを引くとヨナに当たった。人々は彼に詰め寄って、『さあ、話してくれ。この災難が我々にふりかかったのは、誰のせいか。・・・』・・・ヨナは、彼らに言った。『わたしはヘブライ人だ。海と陸とを創造された天の神、主を畏れる者だ。』人々は非常に恐れ、ヨナに言った。『なんという事をしたのだ。』人々は、主の前から逃げて来たことを知った。彼が白状したからである。・・・ヨナは彼らに言った。『わたしを海にほうり込むがよい。そうすれば、海は穏やかになる。わたしのせいで、この大嵐があなたたちを見舞ったことは、わたしが知っている。』・・・彼らがヨナを捕えて海へほうり込むと、荒れ狂っていた海は静まった。」(同上1.4-15) ところが、なんと、神がヨナを助けてくださったのです。 「さて、主は巨大な魚に命じて、ヨナを呑み込ませられた。ヨナは魚の腹の中にいた。ヨナは魚の腹の中から自分の神、主に祈りをささげて、言った。苦難の中で、わたしが叫ぶと 主は答えてくださった。・・・息絶えようとするとき わたしは主の御名を唱えた。わたしの祈りがあなたに届き 聖なる神殿に達した。・・・救いは、主にこそある。主が命じられると、魚はヨナを陸地に吐きだした。」(同上2.1-11) そして、今日の箇所に続きます。 神の前から逃げてしまうとは、まさに神のご命令に従わないことで、その状態から自分を全面的に方向転換させ、再び神のもとに立ち返ることが回心にほかなりません。そして、心を入れ替えて神のご命令に忠実に従うことなのです。 すぐに網を捨てて従った 次に、今日の福音ですが、最初の弟子たちの召命を描いています。イエスが、まず彼らがガリラヤ湖で網を打っているのをご覧になったのです。そして、直接彼らに声を掛けられました。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と。彼らがイエスを見つけたのではなく、また、弟子にして欲しいと願ったのでもありません。まさに、イエスのほうが、一方的に彼らを発見し、いきなり弟子となるよう呼びかけられたのです。ですから、召命を受けるということは、あくまでもイエス自身が、わたしたち一人ひとりを捜し出し、それぞれの道に呼んでくださることにほかなりません。イエスは、厳かに宣言なさいます。 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分のいのちを失ったら、何の得があろうか。」(マタイ16.24-26) 洗礼を受けて信者となることは、まさにイエスの弟子になることで、キリスト者としての召命をいただくことにほかなりません。しかも、この召命は、ある一定の期間のことではなく、生涯かけてイエスの呼びかけに応え続けることが肝心であります。イエスの弟子となったからには、殉教をも覚悟することが必要です。ですから、イエスが「自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と言われたのは、イエスの歩まれた道を、命がけで忠実に歩み続けなさいと言う励ましのおことばではないでしょうか。 ところで、日本におけるカトリック教会の歴史で、最も多くの殉教者が血を流したのは、キリシタン時代であったことは明らかです。イエスは、断言なさいました。「わたしのために命を失うものは、それを得る」と。自分の命をささげることによって、永遠の命を頂くことができるのです。 ここで、キリシタン文学が書き遺した殉教の一場面を、紹介したいと思います。まず、時代背景を簡単に説明します。1613年夏、江戸で幕府によって22名のキリシタンが処刑されたのに続いて、長崎でも幕府の命にしたがってキリシタンに対する迫害が始まったのです。同年10月、八名の信徒が逮捕されたのち、処刑されました。彼らが囚われていた牢獄の周りを、大勢のキリシタンたちが取り囲み、殉教を見守ろうとしていました。その時の様子をドミニコ会士オルファネールが次のように書き留めています。
「まだ十三歳の少年ヤコベは近づいて来る大勢の人々をからしばしば見るようになった。彼の姿を見ると、人々はいずれも大声を挙げた。「ヤコベ様、ヤコベ様、を頼みまらすに」、・・・少年 「クジラから逃れるヨナ」ヤン・ブリューゲル(父) |
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年間第2主日・B年(12.1.15) |
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「そしてその日は、イエスのもとに泊まった」
一年で一回りする「典礼歴(教会歴)」を通して、教会はキリストの神秘を祝い続け ます。この「典礼歴」は、固有の特徴がある「季節」と、それ以外の期間である「年間」とに分けられています。この「季節」には、まず、「過越の聖なる三日間」を頂点とする「四旬節」と「復活節」があり、次いで「主の降誕の祭日」を中心とする「待降節」と「降誕節」があります。 また、これらの「季節」以外の期間が「年間」と呼ばれますが、キリストの神秘全体にわたって記念して行きます。ですから、今年の「年間」は、先週の十日に始まり、「四旬節」の始まる「灰の水曜日」の前日で一旦終わります。 とにかく、教会の典礼は、世間一般で使われている暦によってではなく、教会固有の暦に従って「キリストの救いの神秘」を、記念し祝い続けます。 どうぞ、各ご家庭に用意なさった『カトリック教会情報ハンドブック』にこの典礼歴が掲載されていますので、ご覧ください。日々の生活が、信仰に生かされた日々になるよう、この「典礼歴」に忠実に従うのが、キリスト者の生き方ではないでしょうか。 少年サムエルの信仰の初体験 さて、今日の第一朗読ですが、イスラエルの歴史において、士師の時代(1200-1030)から王国時代(1030-587)に移り変わっていく転換期に、最後の士師として活躍したサムエルの最初の信仰体験を見事に描いたエピソードです。 では、テキストを少していねいに読みかえしてみましょう。まず、「その日、少年サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた」とあります。 まず、サムエルの母親について一言触れる必要があります。彼の母は、エルカナという人物の二人の妻の一人目ハンナであり、もう一人はペニナでした。このハンナは、子宝に恵まれず、そのため、既に子どもが授かっているペニナにいびられどおしの辛い日々を送っていたのです。そこで、家族全員が、毎年恒例のシロにある聖なる神殿に詣でたとき、ハンナは自分の深い悩みに耐えかねて一人神殿で涙ながらの祈りをささげていました。その神殿に仕える高齢の祭司エリは、彼女が長時間神殿に留まっていたので、気になって近寄って来たのです。その時のことを、サムエル記は次のように詳しく描いています。 「ハンナが主の御前であまりにも長く祈っているので、エリは彼女の口もとを注意して見た。ハンナは心のうちで祈っていて、唇は動いていたが声は聞こえなかった。エリは彼女が酒に酔っているのだと思い、彼女に言った。『いつまで酔っているのか。酔いをさましなさい。』ハンナは答えた。『いいえ、祭司様、違います。わたしは深い悩みを持った女です。ぶどう酒も強い酒も飲んではおりません。ただ、主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました。はしためを堕落した女だと誤解なさらないでください。今まで祈っていたのは、訴えたいこと、苦しいことが多くあるからです。』そこでエリは、『安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえて下さるように』と答えた。・・・主は彼女を御心に留められた。ハンナは身ごもり、月が満ちて男の子を産んだ。主に願って得た子どもなので、その名をサムエル(その名は神)と名付けた」(サムエル記上1.12-20)。 その後、神に誓った通り、ハンナは乳離れしたサムエルを主にささげるため祭司エリに託しました。今日のエピソードは、エリのもとにサムエルの最初の信仰体験を、感動的に伝えている場面です。 この少年サムエルの信仰体験は、神に対する信仰がどのようにして芽生えるのかを、極めて具体的に説明しているのではないでしょうか。 先ず、サムエルが神殿でエリに仕えていた頃の時代背景ですが、サムエル記は、「そのころ、主のことばが臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」(同上3.1b)と端的に説明しています。それは、イスラエルの歴史に、「主を知らず、主がイスラエルに行われた御業も知らない別の世代が興った」からです。しかも、「先祖の神、主を捨て、他の神々に従い、これにひれ伏して主の怒りを引き起こした。」(士師記、2.10-12)のです。 とにかく、サムエル少年も、まだ神を知らなかったので、神のことばを聞くこともできなかったのです。ですから、最初に名指しで神に呼ばれたサムエルは、てっきりエリが自分を呼んだと勘違いして、早速、エリのもとに走って行き、「お呼びになったので参りました」と、寝ぼけをこすりながら答えました。エリもびっくりして目を覚まし、「わたしは呼んでいない。戻ってお休み」と優しく応対しました。とうとう三回も同じことが起こった時、目がかすんできて、もう見えなくなっていた祭司エリが、はたと悟ります。「少年を呼ばれたのは主である」と。そこで、エリは、サムエルに教えます。「もし、また呼びかけられたら、主よ、お話ください。僕は聞いております」と言いなさいと。 このサムエル少年の体験は、わたしたちの信仰体験の原型にほかなりません。パウロは次のように、はっきりと教えてくれます。 「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストのことばを聞くことによって始まるのです」と(ローマ、10.17)。 ですから、わたしたちが若い世代に信仰をしっかりと伝えることが、できないでいるとしたら、子どもの世代、若者の世代にこの信仰体験の原点すなわち神のことばを聞くことができるという肝心なことを伝えていないからではないでしょうか。しかも、この神のことばを聞くことができるためには、日々聖書を開いて、神のことばを読み取ることが肝心です。パウロは、晩年、弟子のテモテに最後の手紙を書き送りました。その中の触りの箇所を、引用します。 「また、自分(テモテ)が幼い日から聖書に親しんできたことを知っているからです。・・・みことばを伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。」(テモテ二、4.2)。 その日は、イエスのもとに泊まった
次に、今日の福音は、最初の弟子であるアンデレとヨハネのイエスとの最初の感動的な出会いを、見事に描いています。 「二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。イエスは、振り返り、彼らが従って来るのを見て、『何を求めているのか』と言われた。彼らが、「ラビ、どこに泊まっておられるのですか』と言うと、イエスは、『来なさい。そうすれば分る』と言われた。・・・その日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである。」この福音書を書いたのは、恐らくヨハネの共同体でしょうか、弟子のヨハネは、殉教しないで長生きしたと伝えられていますが、幾つになっても、自分の人生を決定づけたイエスとの最初の出会いは、その時刻までも正確にに焼き付いていたのでしょう。イエスの弟子になるとは、イエスの生き方に倣うことに他なりません。そのため、たとえイエスと寝食を共にすることができなくても、常にイエスのもとに留まっていなければなりません。イエスから、決して離れないように。今年一年、日々、イエスと共に生きることができるよう共に祈りたいと思います。 少年サムエル |
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主の公現(12.1.8) |
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「諸国民の上に輝いた救いの光」
今日の祭日の「公現」という言葉ですが、もともとは「出現、 あるいは輝き」を意味するギリシャ語の「エピファネイア」(Epiphaneia)に由来し、西方教会では、「エピファニア」(Epiphania)とラテン語で表しています。そして、この祭日の意義は、神が、「キリストを遣わし、諸国の民に救いの神秘を示して」(ミサの叙唱)くださり、神の栄光が幼子イエスの上に輝いたことを、賛美することにあります。この祭日は、おそらく、古代エジプトで一月の夜からにかけて祝われていた祭りや、ナイルでの祭りに由来すると考えられていますが、やがて二世紀から三世紀ごろからは、東方教会で一月のの学者たちの(今日の福音:マタイ福音2章1節〜12節参照)、ヨハネによるイエスの洗礼(マルコ福音1章9節〜11節参照)、さらにカナの婚礼での最初の奇跡(ヨハネ福音2章1節〜11節参照)という、イエスの誕生とその後の出来事が典礼において記念されるようになりました。 ですから、の福音は、東の国からの学者たちが、不思議な星に、幼子イエスに、黄金、、を贈り物としてことを伝えています。ところで、その学者たちの人数は、実は、聖書には書かれてはいないのです。ところが、初代教会の神学者(教父)オリゲネス(185-254年)によって、これら三つの贈り物にちなんで三人と定められたのです。それから、この学者たちは王さまにされ、名前も、バルタザール、メルキオール、カスパールと付けられました。さらに、不思議なことに、1164年7月23日に、彼らの聖遺物をイタリアのミラノから、ドイツのケルンに運び、ケルンの大聖堂に飾るようになったことです。そのため、この三人の学者たちに対する崇敬が、西欧で盛んになりに至っているのです。 主の栄光はあなたの上に輝く それでは、今日の第一朗読箇所を簡単に説明したいと思います。今日の箇所は、『イザヤ書』で「第三イザヤ」(56章〜66章)と呼ばれる箇所からとられています。この「第三イザヤ」の時代背景ですが、イスラエルの民が、半世紀以上にわたるバビロンでの捕囚からようやく解放され、やっと故国に帰ることができた時です。そして、荒れ果てた都エルサレムに神殿を再建するという大事業を、貧しい生活のさなかに成し遂げたにもかかわらず、預言者たちが約束した神の栄光が輝いたとは言えない状況でした。ですから、結果的に人々の神への信頼がゆらぎ始めていたのです。 ところが、「第三イザヤ」は、そのような暗い不安定な時代に、何と、主なる神の栄光が輝き始めると力強く預言したのです。 「エルサレムよ、起きよ、光を。 あなたを照らす光は、主の栄光はあなたの上に輝く。 見よ、闇は地を、が国々をいる。 しかし、あなたの上には主が輝きで 主の栄光があなたの上に現れる。 そのとき、あなたはも喜びに輝き おののきつつも心は晴れやかになる。シェバの人々は皆、黄金と乳香を来る」と。 昨年の大震災と原発事故によって、確かに広範囲にわたって悲しみと苦しみの黒雲にすっぽり覆われてしまいました。特に、美しいふるさとが大津波によって跡かたもなく流されてしまい、家も、仕事も奪われてしまいました。昨年の4月には、全国から駆け付けたボンランティアの方々は、ピークの達し17万人を超えましたが、今は、その時の1パーセントの人数に減少しています。とにかく、被災地では、まだ援助を待っています。なぜなら、今なお、預言者たちは、「あなたは畏れつつも喜びに輝き おおのきつつも心は晴れやかになる」と、叫び続けているからです。 彼らはひれ伏して幼子イエスを拝み、贈り物を ところで、このイザヤの希望に満ちた預言が、イエスの時代になって見事に成就したことを、今日の福音は伝えています。 ユダヤ人の王の誕生を示す不思議な「星」を、の学者たちは、遥か遠い東の国で、発見したので、その新しく生まれた王を「拝む」ためにエルサレムに。そして、ユダヤの王ヘロデに早速。 「ユダヤ人の王としてお生まれになったは、どこにおられますか。わたしたちはでそれを見たので、拝みに来たのです」と。 ところが、これを聞いたヘロデ王だけでなく、エルサレムの人々も、不安をと、マタイは説明しています。では、この不安の原因は、だったのでしょうか。むしろ、新しい王の誕生を、皆で祝福し、喜び祝って当然ではないですか。 確かに、この大王と呼ばれ自分の王座をないものとしていたヘロデにとって、この新しい王の誕生によって、自分の地位が、まさにと恐れたのでしょうか。では、エルサレムに住む人々までもが、不安をのはでしょうか。実は、この人々の反応を説明するような預言が、エルサレムの神殿でメシアが現れるのを、ひたすら待ち続けていたシメオンによって宣言されました。このシメオンは、まず幼子イエスをに、神を賛美します。 「主よ、今こそあなたは、おことばどおり このをに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは、のためにくださった救いで、を照らすの光、あなたのイスラエルのです」と。 それから、母親のマリアに向って預言します。 「ご覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしといます」と(ルカ福音2章28節〜34節)。
この敬虔な博士たちは、あの不思議な「星」に導かれ幼子を探しあてます。当然なこと彼らは、その星を見たとき喜びに満たされました。 では、わたしたちを導いてくれる「星」があるのでしょうか。イエスは、宣言なさいました。 「わたしは道であり、真理であり、いのちである。わたしを通らなけれべ、だれも父のもとに行くことができない」と(ヨハネ福音14章6節)そして、イエス・キリストこそ、人と「みことば」そのものにほかなりません(ヨハネ福音1章14節参照)。ですから、『詩編』は、みことばこそが、わたしたちの日々の歩みを導くことを強調しています。「みことばは、わたしの道の光。わたしの歩みを照らす灯。若い人はどうすればそのを清く保つことができるのか。 それは、あなたのことばを守ることにある」と(詩編119編105節、9節)。 今年もまた、わたしたちを導いてくださるみことばに忠実に従うことができるよう共に祈りたいと思います。 主の公現 |
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神の母聖マリア(12.1.1) |
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「神の母聖マリア、わたしたちのためにお祈りください」
西暦433年の春、アレキサンドリアの司教キュリロスとアンチオキア教会の諸司教は、次のような信仰宣言をいたしました。 「神の母(テオコトス)である処女について、また、神のひとり子の受肉について、どのように考え、どのように表現すべきかを簡単に述べたい。・・・ 我々は、次のように宣言する。すなわち、神の独り子であるわれわれの主イエス・キリストは、完全な神であり、理性的霊魂と肉体を備えた完全な人間である。・・・神性においては、父と同質であり、人間性においては我々と同じである。こうして、二つの本性の一致が行われた。こうしてわれわれは、唯一のキリスト、唯一の子、唯一の主を宣言する。この混合することのない一致のために、我々は、聖なる処女が神の母(テオコトス)であると宣言する。神であるみことばが受肉し、人間となって、受胎の瞬間から、マリアから受けた神殿を自分に一致させたのである。」と このように、マリアの「神の母」という称号を宣言したのは、西暦5世紀の前半にまでさかのぼるカトリック教会の伝統に基づくのです。 また、典礼において、1月1日にマリアの祭日を祝うようになったのは、ローマ教会の固有の伝統に由来します。さらに、主の降誕を祝う八日目であることも強調されたのですが、(「主の降誕八日目」とう表記は残っている、また今日の福音の21節参照)、現在の典礼歴においては、もともとのマリアの祝日に戻ったことになるのです。 世界平和の日の教皇メッセージ また、今日は、「世界平和の日」として全世界の平和のために特別に祈る日です。 これは、教皇パウロ六世が、1968年1月1日に、特にベトナム戦争がますます激しさを増して来たので、平和のために特別な祈りささげるよう全世界に向けて呼びかけました。それ以来、全世界のカトリック教会は、毎年、1月1日を「世界平和の日」として、この地上のあらゆる戦争や争い、憎しみ、そして飢餓なのない平和が実現するよう祈り、働く決意を新たにするのです。 また、この日に、ちなんで教皇「世界平和の日」メッセージを全世界に向けて送るようになったのです。今年のメッセージは、今日付けのカトリック新聞で紹介されています。今年のテーマは、「若者に対する正義と平和の教育」です。 このメッセージは、すでに昨年の12月16日に発表され、世界各国のバチカン大使によってそれぞれの国の政治指導者たちに配布されています。ここでは、メッセージの主な箇所を、かいつまんで読み上げたいと思います。 「神が人類に与えてくださったである新年の初めにあたり、わたしは深い信頼と愛を込めて、心からの挨拶を送りたいと思います。どうか、これからの一年が正義と平和によって具体的な仕方で特徴づけられますように。・・・ ところで、わたしたちはどのようなで新年を迎えたらよいのでしょうか。詩編第130編に、とてもすばらしいイメージを見出すことができます。 即ち、信じる人は、主を待ち望みます。『見張りが朝を待つにもまして』(6節)。信じる人は確かな希望をもって主を待ち望みます。・・・皆さんにお願いします。この信頼の態度で2012年を見据えてください。・・・あたかも闇が現代の世界を覆い、日の光をはっきりと見ることを遮っているかのように思われます。しかしながら、人間の心は、このような闇の中にあっても、夜明けを待ち望み続けます。この期待は特に、若者のうちに生き生きした姿で見ることが出来ます。 ・・・若者に、生きることの積極的な価値を重んじることを伝え、若者たちが、自分たちの人生を神に仕えるものとしたいという願望を抱かせることです。・・・ 子どもは家庭で人間的・キリスト教的な価値観を学びます。・・・子どもは家庭の中で、世代間の連帯、規則を尊重すること、ゆるすこと、他者を受入れることを学びます。・・・また、平和とは単に戦争がないということだけではなく、また敵対者間の力の均衡を図るということだけでもありません。地上で、平和が実現するために、各個人が擁護され、人間相互の自由な交流、個々人ならびに緒民族の尊重、兄弟愛の熱心な実践があってのことです。・・・『若者に対する正義と平和の教育』のために、わたしたちの霊的・道徳的・物質的力を結集しようではありませんか」。 マリアは出来事すべてを心に納め、思い巡らしていた また、「神の母聖マリアの祭日」の今日、わたしたちは、この神が与えて下さった新しい年の初めにあたって、信仰に基づく生き方を再確認したいと思います。それは、マリアの生き方に倣うことにほかなりません。福音書に最初に登場するのは、おとめマリアが、天使ガブリエルから重大なお告げを知らされた場面です。 天使は、マリアに答えました。「聖霊があなたに臨み、いと高き方の力があなたを覆うでしょう。それゆえ、お生まれになる子は聖なる者で、神の子と呼ばれます。・・・神には、何一つお出来にならないことはないからです」と。
確かにマリアも、この天使の最初の挨拶を受けたとき、先ず、常識的な人間の思いによって思い悩んでしまいました。けれども、天使のさらに詳しい説明を聞かされたとき、まさに全能の神に対する確固たる信仰によって神のご計画に全面的に協力する決意を表すことができたのです。ですから、「わたくしは主のはしためです。おことばどおり、この身になりますように」と、見事に信仰告白ができたのです。ちなみのここで言われている「主のはしため」という言い回しですが、恐らく詩編123編を思い起こして、ご自分のことを「主のはしため」と、言ったのではないでしょうか。詩編123編は、次のように詩っています。「目を上げて、わたしはあなたを仰ぎます 天にいます方よ。ご覧ください、が主人の手に目を注ぎ はしためが女主人の手に目を注ぐように わたしたちは、神に、わたしたちの主に目を注ぎ 憐れみを待ちます」と(1-2節)。 まさに「主のはしため」という比喩的表現で、マリアの神の憐れみに対する全面的な信頼を表しています。次の、「おことばどおり、この身になりますように」という信仰告白は、マリアの信仰の土台を表しています。つまり、マリアは、アブラハムのように徹底して神のみことばに従うという信仰を生きているのです。ですから、親類のエリザベトは、マリアに「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」と(ルカ1.45)、最高のほめ言葉を送りました。 マリアの生き方の基本は、神が出来事を通して語りかけるみことばを、すべて「心に納めて、思い巡らす」ことにほかなりません。 わたしたちも、今年一年間に起こる様々な出来事の中からみことばを読み取り、それらを深く味わい、神のみ旨を忠実に生きることができるように共に祈りたいと思います。 神の母聖マリア |
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主の降誕(日中のミサ)11.12.25 |
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「わたしたちは、今すでに、神の子です」
今日、ささげているミサは、主の降誕の「日中のミサ」ですが、なぜ、同じ祭日に三回にわたってミサをささげるようになったのか、古代ローマや中世の西欧諸国の伝統を振り返る必要があります。つまり、降誕祭のミサが、真夜中、早朝、そして日中の三度に分けてささげるようになったのは何故かということです。この典礼の伝統は、ローマの慣習にその由来があります。本来、ローマの降誕祭は、教皇が聖ペトロ大聖堂で、25日の午前9時ごろに教皇ミサをささげていました。続いて、五世紀になるとローマにあるサンタ・マリア・マジョーレ教会での深夜のミサが加わるようになりました。そして、さらに早朝にもミサがささげられるようになったと考えられます。 ですから、西欧中世の神秘家たちは、この降誕祭に三回もミサをささげる意義について、イエスが三回誕生なさってということに結びつけて説明しています。すなわち、降誕日は、あらゆる時と場所を超えた、天の父よりの御子の誕生と、おとめマリアから神の子としての誕生と、これは、今日のミサのテーマである「受肉の神秘」つまり「みことばが人となられた」ということと、さらに、聖霊によるわたしたち一人ひとりの魂の中の神の誕生、この三つの誕生が降誕祭に含まれているという説明であります。 みことばは人間となり、われわれの間に住むようになった ちなみに今日の福音の触りの箇所を、フランシスコ会の『聖書』からを引用してみます。 「初めにみことばがあった。みことばは神とともにあった。みことばは神であった。・・・みことばは自分の民の所に来たが、民は受入れなかった。しかし、みことばを受入れた者、その名を信じる者には、神の子となる資格を与えた。・・・みことがは人間となり、我々の間に住むようになった」と。 既に、旧約時代の紀元前8世紀ごろ、ユダ王国で活躍した預言者イザヤは、目の前の王アハズが、王国が危機に直面し、それを乗り越える方法を決定できずに、心が動揺しているのを見かねて、大切な預言を伝えました。 「見よ、おとめが身籠って男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」と。この預言は、恐らくやがて生まれる王子ヒゼキヤの誕生を知らせるものだったのですが、メシアである神の独り子の誕生の預言であるというのが教会の伝統です。ですから、福音記者マタイは、このイザヤ預言(7.14参照)を、引用してイエスの誕生の出来事を、次のように説明しています。 「これはすべて、主が預言者を通して告げられたことが成就するためである。・・・この名は、『神はわたしたちと共におられる』という意味である(マタイ2.22-23)と。ちなみに、マタイは、自分の福音書の冒頭で、この預言の句を引用し、また、その福音書の締めくくりで、イエスご自身の地上における最後の派遣のことばとしています。 「わたしには天においても地においても、すべての権能が与えられている。だから、あなたたちは行って、すべての国の人々を弟子にしなさい。父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、わたしがあなたたちに命じたことを、すべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたたちとともにいる」と(マタイ28.18-20)。 ですから、イエスが、わたしたちちともにいて下さるためには、世界中の人々に福音をべ伝えなさいというイエスの至上命令を遂行しなければならいのです。 信仰は、神の働きによって生まれ変わり「神の子」となること。 次に、今日の福音のメッセージの中の、12節の「神は、自分を受入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた」という句に注目したいと思います。神であるみことばが、人間となられたことを信じるなら、わたしたちは、神の子になることができるのです。ですから、ヨハネはキリスト者に宛てた手紙の中では、次のように説明しています。 「わたしたちは神の子と呼ばれるほどで、事実、そのとおりです。愛する者たち、わたしたちは今すでに神の子ですが、自分がどうなるかは、まだ明らかになっていません。しかし、あの方が現れるとき、わたしたちは、あの方に似た者となることを知っています。なぜなら、あの方をありのまま見るからです」と(ヨハネ一、3.1-2)。ですから、わたしたちは、生涯かけて、神の子としてイエスに似た者となるよう、イエスのおことばによって養われ、育てられなければなりません。イエスが、弟子たちと別れるに際に、過越祭の食事をなさいましたが、その席上で語られた告別説教の冒頭で大切なことを命じられました。 「わたしは新しい掟をあなたたちに与える。互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うなら、それよって人は皆、あなたたちがわたしの弟子であることを、認めるようになる」と(ヨハネ13.34)。
先日、宮城県の独り暮らしの年配の女性の信者さんが、電話でご自分の通っている教会が、明るく楽しくなったことを報告してくれました。なぜなら、最近、他から移って来た韓国人の家族ですが、この目が不自由で、さらにいろいろな持病を抱えている彼女を、ミサに参加できるよう、毎週、必ず迎えに来てくれるし、また、帰りも車で送ってくれるそうです。また、看護科の4年生の女子高生は、彼女にぴったりと付き添ってくれる しかも、イエスの生き方に倣うということは、自分中心ではなく、共にいきるという分かち合いの原則を守ることであり、特に苦しみの中におられる一人ひとりに寄り添うことです。寒さに向うこの時期、仮設住宅で十分な温かさを確保できない独り暮らしのお年寄りの方々を、今、大勢のボランティアの方々が訪問しています。 降誕祭の「日中のミサ」をささげることができる特別な恵みに感謝するとともに、日々の生活の中で、愛の実践に励むことができるよう共に祈りたいと思います。 主の降誕 |
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待降節第4主日・B年(11.12.18) |
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「おことばどおり、この身に成りますように」
いよいよ、待降節の最後の週を迎え、主の降誕祭に向けてのの準備を整える大切な時期と成りました。そのため、今日の聖書朗読は、いずれも神の救いの歴史において、救い主・メシアの到来に深く関わった信仰の先達たちのよって立っていた信仰の原点を、改めて確認できる内容になっています。 先ず、第一朗読ですが、メシア預言を代表する預言者ナタンに、夜、神のダビデ王に対することばが与えられた場面が語られています。 「あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる」と。 これは、あくまでも現実のダビデ王を理想化し、やがて現れる救い主メシアの到来を預言していると理解することができます。ですから、来るべきメシアは「ダビデ家とその血筋に属している者」(ルカ2.4参照)から生まれるという預言に発展にしたのです。 ところで、イスラエルの歴史において王たちが登場するのは、紀元前11世紀以降ですが、この王制を導入するに当たって、最後の士師サムエル目には、「我々のために裁きを行う王を立ててください」という長老たちの要求は、悪と見えたのでした。 そこで、サムエルは神に祈りました。ところが、神の答えは、意外な内容だったのです。「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らがしりぞけたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ。・・・今は彼らの声に従いなさい。ただし、彼らにはっきりと警告し、彼らの上に君臨する王の権限を教えておきなさい」と(サムエル記上8.5-9)。 ですから、結局、実在した歴代の王たちに失望した結果、理想化したダビデ王の子孫に救い主を待ち望むメシア預言が発展したのであります。 このようにして、士師時代から王国時代に時代が大きく変わる大切な時期に、特に最後の士師サムエルは、徹底して神のことばに忠実に従うことによって、救いの実現のために大切な役割を担ったのであります。 わたしたちの福音、イエス・キリスト 次に、今日の第二朗読ですが、パウロは、わたしたちに与えられたメシアは、イエス・キリストであり、まさに「良き知らせ」の実現である「福音」そのものであると断言します。そして、救いの歴史においてこの福音がどのようにして伝えられたのかを、明確に説明します。 「この福音は、世々にわたって隠されていた、秘められた計画を啓示するものです。その計画は今や現されて、永遠の神の命令のままに、預言者たちの書き物を通して、信仰による従順に導くため、すべての異邦人に知られるようになりました」と。 この待降節を終えるに当たって、わたしたちも、まだ救い主イエス・キリストを知らない人たちに神の計画の実現したことを述べ伝えることが出来るよう共同体ぐるみで励みたいと思います。パウロは、晩年に、弟子のテモテ宛てに極めて適切な勧めの言葉を書いています。 「わたしは、神の前で、また、生きている者と死んだ者を裁くために来られるキリスト・イエスの前で、その現れとその支配を思いつつ、あなたにに命じます。みことばをべ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。 忍耐強く絶え間なく教えて、・・・励ましなさい。人々が、健全な教えを聞こうとしない時が、必ず来ます。その時、人々は、自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くようになります。しかし、あなたはどんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の務めに励みなさい」と(テモテへの手紙二、4.1-5)。 おことばどおり、この身に成りますように 次に、今日の福音ですが、マリアの信仰に基づく生き方の模範を、具体的に示しています。 まず、天使ガブリエルが、最初にマリアに告げたことですが、突然、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」と。その時のマリアの心境を、ルカは、「マリアはこのことばに戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考えこんだ」とコメントしています。特に、「恵まれた方」という挨拶の言葉が、いったいその特別な恵みが何であるのか、そして、その恵みをいただくために神から選ばれたのは何のためなのか、深く考え込んでしまったのです。そこで、天使は、さらに詳しくその内容を説明します。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」さらに、天使は、続けます。「その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」と。 ここで、メシア預言の成就であることが明らかにされます。すなわち、メシアは、ダビデ王の子孫の中から選らばれるという預言の実現であります。そのために一人の村娘が、選ばれたのです。彼女は、身分が低くかったのですが(ルカ1.48参照)、ダビデ家のヨセフとすでに婚約していたのです。ですから、いきなり、「あなたは身ごもって男の子を産む」と言われたことに対しては、とても動揺したのではないでしょうか。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」と、尋ねます。確かに、ヨセフと婚約しているので法律的には夫婦と認められていますが、まだ。結婚式も、まして同居もしていないので、まして身ごもる状態ではないのです。また、たとえ身ごもることができても、ヨセフが心配したように、そのことが世間に知られたら、姦淫の罪で石打の刑によって殺されることになるのです。 そこで、天使はさらに具体的に説明を続けます。 「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。・・・神に出来ないことは何一つない」と。
ですから、マリアは「わたしは主のはしためです。おことばどおり、この身になりますように」と、見事に信仰告白ができたのです。つまり、全能の神に対す 「あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」と(ルカ、1.44-45)。 マリアに、神の語られることは、必ず実現すると言う信仰の土台をしっかりとことができるよう、共に祈りたいと思います。 お告げ |
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待降節第3主日・B年(11.12.11) |
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「貧しい人に良い知らせを伝える」 貧しい人々に良い知らせ(福音)を伝える いよいよ待降節は、第三週目に入り、救い主イエスの誕生の喜びを先取りして、今日の主日を「ガウデーテの主日」と呼ぶ典礼の伝統があります。つまり、今日の「入祭唱」は、パウロのフィリピの教会への手紙(4.4-5)からとられています。「主にあっていつも喜べ。重ねて言う、喜べ。主は近づいておられる」。この最初の句がラテン語でGaudeteと言われることに由来するのです。待降節の典礼の色は紫ですが、今日は、バラ色の祭服を着ることができます。また、待降節のろうそくの色もバラ色になっています。 ですから、今日の第一朗読は、第3イザヤの「わたしは主によって喜び楽しみ」が主題になっています。この第3イザヤですが、紀元前6世紀末から紀元前5世紀初頭にかけて捕囚地のバビロンで活躍した無名の預言者によって、書かれたものと考えられます。とにかく、イスラエルの捕囚民は、せっかく、60年ぶりに故国に帰ることが出来、早速エルサレムの神殿を再建できたにもかかわらず、彼らの信仰はむしろ揺らぎ始めたのです。神の栄光の現れに対する願望も弱まり、神への信頼も強められず、自分中心の勝手な生き方に傾いてしまうような現状のただ中で、この預言者は、「良い知らせ」(福音)を伝えることによって人々を、信仰の喜びへ再び導こうと努めたのです。 「主がわたしに油を注ぎ、主なる神の霊がわたしをとらえた」という冒頭の句は、ルカ福音記者が、その福音で語るイエスが、初めて故郷のナザレに帰って、安息日にたまたま朗読した箇所としています。そして、「この聖書のことばは、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と、イエス自身が力強く宣言なさったと報告しています(ルカ4.18-19参照)。 けれども、紀元前6世紀に第3イザヤがこの句を書いたのは、彼自身の預言者としての召命について説明することに限定していたと思われます。 また、旧約聖書で語られる「塗油」つまり「油注がれる」ことですが、一般に何か特別な職務への任命を授けられるときの儀式でした。そして、「霊が降る」のは、その人物をその任務にふさわしい者と変え、それを全うする力を授け、神からの全権が委託されたことのしるしなのです。こうして、第3イザヤは、民のもとに遣わされたのです。この伝統は、まで典礼において続けられています。たとえば、皆さんが洗礼を受けたとき、司祭は、「神の民に加えられた あなたがたは、神ご自身から救いに香油を注がれて、大祭司、預言者、王であるキリストに結ばれ、その使命に生きるものとなります」と唱えながら皆さんの頭に聖香油を塗ります。 ところで、の「カトリック新聞」の第一面に、カリタスジャパン・仙台市と合意・9100戸に暖房器具を提供と言う見出しで、カリタスジャパンの仙台サポートセンターの事務局長として活躍している神言会司祭成井大介師が、仙台市当局との話し合いの結果、寒さに向うこの時期、仮設住宅で暮らす被災者の9100戸に石油ファンヒーターなどの暖房器具が配られることに決定したのです。まさに、被災者の方々にとっていま一番必要としている「良い知らせ(福音)」ですが、預言者イザヤが特に貧しい人々に伝えた「良い知らせ(福音)」とは、一体何だったのでしょうか。ルカ福音記者は、イザヤが告げた福音は、イエスによって見事に実現したことを、次のようなイエスご自身の説明を伝えています。 「行って、あなたがたが見たり聞いたりしたことを、ヨハネに告げなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病の人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げられている」と(ルカ7.22)。 「目の見えない人が見えるようになる」とは、視力の回復だけでなく、自分の歩むべき道を見失っていた状態から、神への道に立ち返ることをも表しています。また、「足の不自由な人が歩く」というのは、まさに神のもとに立ち返る力が与えられることを象徴しているのではないでしょうか。 とにかく、イエスが行ったすべての奇跡は、まさに神の国の到来を告げる業だったのです。 主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ さらに、待降節に必ず登場するのは、イエスの先駆者である洗礼者ヨハネです。イエスより一足先に荒れ野で群衆の前に現れ、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を、ヨルダン川で大勢の人々に授けていました。彼のは、「彼はらくだの毛のまとい、腰には皮帯を締め、いなごと野蜜を食べていた」(マタイ2.4)とありますが、彼こそが救いの時代を準備する預言者エリア(列王1.6;マラキ3.1,23参照)であることを示し、禁欲的食物は、救いの時代を象徴するイエスの食事と比べることができるのです。ですから、イエスご自身も、洗礼者ヨハネが、エリアの再来であると断言しておられます(マタイ17.11-13参照)。ところで、マタイ福音記者は、この洗礼者ヨハネの大変厳しい説教のさわりの箇所を伝えています。 「の子孫よ、来るべき怒りから逃れるように、誰が教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『われわれの父はアブラハムである』と、心の中で思ってはならない。わたしは言っておく。神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子孫を造ることがおできになる。斧はすでに木の根元に置かれている。だから善い実を結ばない木はすべて切り倒され、火に投げ入れられる。わたしは水で、あなたがたに悔い改めの洗礼を授ける。しかし、後から来られる方は、わたしよりも力のある方で、わたしはその方の履物をお脱がせする資格もない。その方は聖霊と火で、あなた方に洗礼をお授けになる。」と(マタイ2.7-11)。 わたしたちが受けた洗礼は、洗礼者ヨハネの洗礼ではなく、まさにイエスが授けてくださった洗礼です。したがって、罪の赦しだけではなく、主にしっかりと結ばれることによって復活のいのちに生まれ変わることができたのです。そのことは、パウロが、詳しく次のように説明してくれます。 「洗礼を受けてキリストと一致したわたしたちはみな、キリストに死にあずかる洗礼を受けたのではありませんか。・・・それはキリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためです」と(ローマ6.3-4)。 この待降節に当たって、共同体ぐるみで回心の道を歩み、地域の人々と共にふさわしく降誕祭を迎えることができるよう、共に励みましょう。 |
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待降節第2主日・B年(11.12.4) |
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「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」
先ず、今日の第一朗読ですが、恐らく紀元前6世紀末の捕囚時代の末期に、イスラエルの捕囚民の間で活躍した無名の預言者(便宜上第二イザヤと呼ばれる)が、語ったいよいよ捕囚から解放されるという慰めと希望に満ちた預言のであります。第二イザヤは、当時のオリエント世界において新たに台頭して来たペルシャ(現在のイラン)帝国初代の王キュロス(559-529B.C.)が、世界を大きく変えることの出来る英雄的人物であると見抜いていたのです。しかも、この王こそ神から派遣された人物であると考え、「主が油注がれた人つまりメシア」(イザヤ45.1)であると断言したのです。ですから、「慰めよ、わたしの民を慰めよ」という神からの呼びかけを聞くことができたのです。 「エルサレムの心に語りかけ、彼女に呼びかけよ 苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた」と、バビロンでの捕囚という屈辱に満ちた苦役は、今や終り、罪は十分に償われたのです。ここで言われている「エルサレム」とは、まだバビロンにいる捕囚民を指しています。また、「苦役」とは言うまでもなく、半世紀にわたる捕囚を表しています。 このように、第二イザヤの預言の特徴は、今や、時代が大きく変わる転換期が、神によってもたらされたとう確信であります。つまり、この預言者は、「時のしるし」を正確に読み取ったと言えましょう。なぜなら、「慰めよ」という神の叫びは、まさに時を大きく転換させようと神が決意したことを表していると解釈できるからです。さらに、預言は続きます。 「主のために、荒れ野に道を わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ」と。 キュロス王が紀元前539年にバビロンを征服し、イスラエルの捕囚民を解放するために、538年には勅令を発布し、イスラエルのエルサレムへの帰還と神殿の再建までも許可したのです。 その帰国のルートですが、バビロンとエルサレムの間には広大な荒れ野が広がっているので、普通には、ユーフラテス川沿いに北上するのです。けれども、一刻も早く故国の土を踏むことができるように、神がなんと荒れ野に広い道を準備し、最短距離つまりまっすぐ西に進むことが出来るように導いてくださるというのです。ちょうど、家畜の群れを導く牧者が先頭に立つなり、しんがりとなるように、神ご自身が捕囚民の先頭に立ち、また後ろに回って、彼らを無事連れ帰ってくださるのです。 この旧約時代の神の救いの出来事を、今日の世界に置き換えてみることもできるのではないでしょうか。なぜなら、聖書が語る神の救いのドラマは、まさに時間と空間を超越していつの時代にも起こり得る出来事なるからです。 今日の世界は、捕囚時代とは比較にならないほどの深刻な地球規模の問題と危機に直面しているのではないでしょうか。まさに、八方塞がりの現状に立たされているとすれば、その状態からの解放のためには、神が用意してくださる道を選ぶことができるように、「時のしるし」を正確に読み取らなければなりません。そこで必要なのは、神のことばというです。 ここで、わたしたちが待ち望んでいるメシアこそ、「みことばは人間となり、我々の間に住むようになった(ヨハネ1.14)」方に他なりません。パウロは、この救いのまさに中心的出来事を、次のように説明しています。 「神は、昔、預言者たちを通して、いろいろな時に、いろいろな方法で先祖たちに語られたが、この『終わりの時代』には、御子を通して語られました」と(ヘブライ1.1-2)。ですから、イエスご自身は、次のように宣言なさいました。 「わたしは道であり、真理であり、いのちである。わたしを通ってでなければ、だれも父のもとに行くことはできない。あなたがたがわたしを知っているな、わたしの父をも知ることになる。いや、もう今から父を知っており、また、既に見たのだ」と(ヨハネ14.6-7)。 この待降節こそ、道であるキリストに立ち返るまさに回心の時ではないでしょうか。 聖霊で洗礼を授けてくださる また、この時期に、聖書に登場し、大切な役割を演じるのは、洗礼者ヨハネです。彼は、当時、ヨルダンのほとりで、群衆を前にして「悔い改めの洗礼」を、授けていたイエスの先駆者であります。今日の第一朗読で、第二イザヤは、「主のために、荒れ野に道を備え わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。・・・道は平らに、狭い道は広い谷となれ」と、叫び続け、捕囚の民が故国エルサレムへ帰る最短距離のコースを示しました。それが、イスラエルが回心して、解放される道だったのです。 この預言は、今度は、洗礼者ヨハネによって見事に成就したことを、マタイは強調しているのです。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え。その道筋をまっすぐにせよ。』と。ですから、いよいよイエスご自身が、ガリラヤで最初の説教をなさった時も、同じく回心を呼び掛けられました。その様子を、マルコは、次のように伝えています。 「ヨハネが捕えられた、イエスはガリラヤに行き、神の福音をべ伝えて、『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』といわれた。 」と(マルコ1.14‐15)。
メシアであるイエスの到来によって、神の国は現実 「あなたたちによく言っておく。あなたたちは心を入れかえて幼子のようにならなければ、天の国には入れない。だから、自分を低くしてこの幼子のようになるものが、天の国で一番偉いのである。」と(マタイ18.3−4)。 今こそ、共同体ぐるみでの回心の道に立ち返ることによって、待降節の務めを全うすることが出来るように祈りたいと思います。 そして、飼い葉桶に寝かされる乳飲み子イエスのご誕生によって、わたしたちもイエスを待ち望んでいる全世界の人々ともに神の国に入ることが出来るように、共に祈りたいと思います。 洗者聖ヨハネ(レオナルド・ダヴィンチ) |
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待降節第1主日・B年(11.11.27) |
だれを待っているのか この待降節に歌う典礼聖歌の中に、詩編62編を歌詞にした184番があります。 「わたしは 静かに神を待つ。わたしの救いは、神から来る。 神は、わたしのよりどころ わたしの砦 わたしの救い。 わたしは決してゆるがない。わたしの希望は、神のうちにある。 神は、わたしの力、わたしの逃れ場。 救いと栄光は神にある。いつも心を開き すべてを ゆだねよう。」 この詩編は、待降節の心構えを、見事に詩っていると思います。とにかくこの時期、典礼では、わたしたちが待ち焦がれているのは、一体どなたなのか。改めて思い起こすよう呼びかけています。 それは、すでに二千年前にベツレヘムの家畜小屋でお生まれになった救い主イエス・キリストと、そのキリストが、今度は栄光に包まれて再び来られるのを待つのです。ですから、この時期の前半は、再臨のキリストが来られるのを、目覚めて待つように心の準備をするのです。 天を裂いて降ってください ところで、今日の第一朗読は、第3イザヤ書から採られています。紀元前6世紀の半世紀にわたるバビロンの捕囚からようやく解放され、帰国出来たイスラエルの人々が、やっとの思いで故国の土を踏むことができたものの、その荒れ果てて廃墟と化した現実を目の当たりにし、心を頑なに閉ざして神から離れてしまった当時の状況を嘆いています。 「わたしたちは皆、汚れた者となり 正しい業もすべて汚れた着物のようになった。わたしたちは皆、枯れ葉のようになり わたしたちの悪は風のようにわたしたちを運びさった」と。 そのような絶望的時代のただ中で、預言者たちは、ひたすら神の救いに希望を託し、神ご自身が「天を裂いて降ってくだい。御前に山々が揺れ動くように」と、叫び続けたのです。そのために、神に心を開いてひたすら待つことが肝心です。預言者は、強調します。「あなたを待つ者に計らってくださる方は 神よ、あなたのほかにはありません」と。 わたしたちは、66年前、敗戦によってすべてを失い、広島、長崎に象徴されるような焦土と化した壊滅状態の貧しさのただ中に、かろうじて生き残ることができました。そのとき、わたしたちは神に何を祈り求めたのでしょうか。とにかく、故国の復興と再建のために必死に働き、まさにこの世の富を限りなく追及し、生活水準を高めるようひたすら励んで来ました。ところが、その結果、今まで体験したことのない、精神的貧困、経済至上主義がもたらした環境問題、世界的食糧危機、国境を越えて広がる放射能汚染地帯など、まさに八方塞がりの危機の中にとじこめられてしまったのではないでしょうか。つまり、神から離れて築き上げて来たこの世界は、今、極めて深刻な事態に直面しているのではないでしょうか。まさに、生き方の根本的方向転換を、突き付けられていると言えましょう。 また、救いの歴史を振り返るとき、紀元前6世紀の捕囚時代も、結局、イスラエルの人々が現世御利益を保証してくれる偶像を拝むようになってからの出来事であり、まさに滅亡の危機に幾度も立たされましたが、その都度、預言者たちは神に立ち帰るよう叫び続けたのです。 「あなたの御名を呼ぶものはなくなり 奮い立ってあなたにすがろうとする者もない。あなたはわたしたちから御顔を隠し わたしたちの悪のゆえに、力を奪われた。しかし、主よ、あなたは我らの父。・・・わたしたちは皆、あなたの御手の業」と。 キリストの現れを待ち望む 次に、今日の第二朗読は、パウロが創立したコリントの教会が派閥による分裂の危機に直面していたので、まず、パウロは手紙を書いて彼らを正しい方向に指導しようとしたものです。今日の箇所は、その冒頭の部分ですが、まず、コリント教会のプラス面を強調しています。 「あなたがたはキリストに結ばれ、あらゆる知識において、すべての点で豊かにされています。こうして、キリストについての証しが、あなたがたの間で確かなものとなったので、その結果、あなたがたは賜物に何一つ欠けるところがなく、わたしたちの主イエス・キリストの現れを待ち望んでいます」と。 この「主イエス・キリストの現れ」こそは、救いが完成するときに再び栄光に包まれて現れるキリストにほかなりません。ですから、この世での豊かさを求めたのではなく、まさに、主の再臨をふさわしく待つことが、今の自分たちの教会の問題を克服して行くための根本的回心だったのです。パウロは、さらに続けます。 「主も最後まであなたがたをしっかり支え、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます」と。 気をつけて、目を覚ましていなさい さらに、今日の福音で、イエスご自身が、主の再臨をどのような心構えでまつべきなのか、短刀直入に警告なさいます。 「気をつけて、目をさましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分らないからである」と。 ですから、ペトロもその手紙の中で、具体的に次のように忠告してくれます。
「主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、忍耐しておられるのです。・・・すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。神の日の来るのを早めるようにすべきです」と(ペトロの手紙二、3章9節−12節)。 更に、パウロは、主が再び栄光の包まれて来られる時、なにが起こるのかを、次のように祈ってくれます。 「どうか、平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。また、あなたがたの霊も魂も体も何一つ欠けたところがないものとして守り、わたしたちの主イエス・キリストの来られるとき、非のうちどころのないものとしてくださいますように」と(テサロニケの教会への手紙一、5章23節)。 わたしは静かに神を待つ(イメージ) |
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「最も小さき者のいのちに仕える生き方」
今から丁度、10年前の元旦(2001.1.1)に、日本カトリック司教団は、「新しい世紀をともに歩むすべての人に向けて」、『いのちへのまなざしー二十一世紀への司教団メッセージ』を、小冊子にまとめて広くアピールしました。その中で、すでに、核エネルギー有効利用については最善の注意を重ねる努力の必要性を、広島、長崎の原爆、そしてチェルノブイリの原発の事故を引き合いに出しながら訴えました。けれども、原発の廃止までは言及しませんでした。 ところが、先日、つまり11月8日付けて、「いますぐ原発の廃止をー福島第一原発事故という悲劇的な災害を前にしてー」と題して「日本に住むすべての皆さまへ」とう二頁のメッセージを発表いました。そのをここで読み上げたいと思います。 「いますぐに原発を廃止することに対して、エネルギー不足を心配する声があります。また、二酸化炭素削減の課題などもあります。しかし、何よりもまず、わたしたち人間には神の被造物であるすべてのいのち、自然を守り、子孫により安全で安心できる環境を渡す責任があります。利益や効率を優先する経済至上主義ではなく、尊いいのち、美しい自然を守るために原発の廃止をいますぐ決断しなければなりません。・・・・日本には自然と共生してきた文化と知恵と伝統があり、神道や仏教などの諸宗教にもその精神があります。そして、わたしたちキリスト者には、何よりも神から求められる生き方、つまり『単純質素な生活、祈りの精神、すべての人々に対する愛、特に小さく貧しい人々への愛、従順、謙遜、離脱、自己犠牲』などによって、福音の誠を証しする務めがあります。」と。 王であり牧者である憐れみの神 また、今日の第一朗読では、神がイスラエルの民に対する愛を牧者のイメージで訴えています。 「わたしがわたしの群れを養い、憩わせる、と神は言われる。わたしは失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くする」と。ですから、詩編においても神の牧者としての愛と慈しみを見事にっています。 「主はわたしの牧者。わたしには乏しいことがない。主はわたしを緑のに憩わせ、わたしを静かな水辺に伴い、魂を生き返らせ、み名にふさわしく正しい道に導かれる。わたしは死の影の谷を歩む時でさえ。あなたが共におられるから。」と(詩編23編1節―4節)。 さらに、旧約時代から、神は、貧しい人々や、虐げられているまさに弱い立場に置かれ人々に対して、深いあわれみを示してくださる王として描かれています。神は王の姿でご自分を現しますが、権力を振い、弱き者を虐げる王ではなく、特に社会的に弱い者と見られていたやもめや孤児を温かく守ってくれる王として登場します。ですから、同じく詩編では、次のように神の憐れみを乞い求めています。 「あなたご自身で苦しみを顧み、悩みをご覧ください。それはあなたの手が与えたものなのです。不幸せな者、みなしごは、あなたに委ねます。彼らの助け手となってください。・・・主は代々とこしえに王。主よ、苦しむ者の願いを聞き、み心を向け、耳を傾けでください。あなたが、みなしごや、虐げられた者の権利を 守ってくだされば、地から生まれる者が、もはや人をことはありません。」と(詩編10編14節―18節)。 最も小さき者に関わることでイエス自身に結ばれる ところで、典礼歴のA年は、今週で終わり、来週からB年の待降節が始まります。ですから、この時期、典礼は主の来臨すなわち救いの完成となる世の終わりに目を向けます。そこで、今日の福音は、イエスが栄光に包まれて王として来られ完成した神の国に迎えてくださる荘厳な場面が描かれています。 「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造のときからお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』・・・『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、・・・牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』と」。 神の国を受け継ぐことができる唯一の条件が、イエスの兄弟である最も小さい者、つまり、飢えている人、渇いている人、病気の人など助けを必要としている人たちに仕えることだけなのです。 今から66年前、敗戦の焼け野原から立ち上がった日本は、ただひたすら豊かさを追求し、いつの間にか、強いもの勝ちの力の論理によって走り続けて来ました。けれども近年になって、その経済至上主義が幸せをもたらす代わりに、様様な深刻な問題を引き起こし、特に弱い立場に置かれている人々が増え続けるという深刻な事態に直面しています。その最たる出来事が、福島第一原発の事故ではないでしょうか。 先日、原発事故から半年をへた9月19日、東京の明治公園で、「さよなら原発5万人集会」が実現しました。この集会には、6万人以上の市民が参加し、脱原発をテーマとする市民集会として過去最大の規模となりました。そこで、「政府や財界や電力会社などが、原発推進の巻き返しに出ないためにも、さらに大きな市民の力で、原発依存の生活から脱却する道をあゆみだしたい」と9人の呼びかけ人は、その群衆に向って熱のこもったアピールを投げかけました。そして、ドイツから駆け付けてくれた国際環境NGOドイツ代表のフーベルト・ヴァイガーさんが、力強く訴えました。 「福島の事故は世界を変えました。この事故は、原子力発電が、どんな国においても、またどんなシステムにおいても、わたしたち人間に、そして環境に、計り知れない影響を与えるものであり、制御ができないものであることを明らかにしました。・・・チェルノブイリから25年、わたしたちドイツ人も、またヨーロッパの人々も知っています。政府そして原子力産業が、何万人もの死者を前にしても、なお事故の死者を小さく見せよう、隠そうとしていることを、そしていまもそれが続いていることを、です。福島の事故は、ドイツやイタリアなどのヨーロッパの国々に変化をもたらしました。ドイツでは事故の後に、のこのような大きなデモが起こり、ついに政府は八基の原発を停止し、他の発電所についても2022年までに停止することを決定しました。・・・ いまわたしたちは、民主主義の下で、脱原発を声高く訴えて行く時なのです。・・ そのために一緒に闘っていきましょう。・・・・」
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主日の説教