カトリック 仙台教区報 No.266
目次
- ◇ 真理を観想し、観想の実を他に伝える
- ◇ 司教の日記「シノドス的な回心と宣教への招き・アジアにおける『架け橋』となり、また『架け橋を築く者』となるために」
- ◇ 使徒たちから受け継ぐ信仰と希望— 聖ペトロ・聖パウロ使徒の祭日・カテドラル献堂記念日 —
- ◇ 地上に平和を日本カトリック平和旬間
- ◇ 平和を求めるキリスト者 合同祈祷集会
- ◇ 仙台教区「いのち・平和・人権委員会」
- ◇ 仙台教区サマー・ユースキャンプ2026—出会い、信仰、そして新たな始まりの旅—
- ◇ 小さな世界から平和を願って
- ◇ 各地区からのお便り
- ◇ 訃報
- ◇ カトリック仙台司教区現勢 決算報告(2021年〜2025年)
- ◇ カトリック仙台司教区2025年度 決算報告(2025年4月1日〜2026年3月31日)
- ◇ カリタス南相馬からのレポート〜第1回「Come and See福島」に参加して〜
- ◇ 編集後記
真理を観想し、観想の実を他に伝える
聖ドミニコの記念日8月8日に、北仙台教会献堂75周年を主任司祭および信徒と近隣小教区の代表と共にお祝いしました。この祝いを機会に参加されたドミニコ会の司祭たちやシスターたち、そして彼らの先人たちに仙台教区で献身的に奉仕してこられたことに対し、深い感謝の意を表しました。
ドミニコ会の会員たちは、他の多くの宣教師と共に、仙台教区の信仰の旅路における良き伴侶となってきました。
仙台教区の歴史は、1858年に来日したパリ外国宣教会の司祭たちの宣教活動に遡る。1891年4月17日、
日本北緯使徒座代理区から北海道および東北地方(すなわち、青森県、岩手県、宮城県、福島県、秋田県、山形県)を管轄区域とする函館使徒座代理区が設立された。1891年6月15日、この函館使徒座代理区は教区に昇格した。パリ外国宣教会のアレクサンドル・ベルリオーズ師が初代教区司教に就任した。1912年8月13日、新潟、山形、秋田の3県を管轄区域とする新潟使徒座知牧区が設立された。ベルリオーズ司教の退任後、パリ外国宣教会アルフレド・ヨセフ・ウッド師が使徒座管理区長の任にあった。1931年11月、函館教区はドミニコ会カナダ管区に委託され、ドミニコ会のアンドレ・デュマ師が使徒座管理区長となった。その後、同会のマリージョゼフ・ルミュー師が後任となった。1936年3月9日付で、ルミュー司教はローマ教皇庁の裁可を得て司教座を函館から仙台に移し、教区名を仙台教区に変更した。

北仙台教会献堂75周年記念ミサ
1941年、長崎教区の浦川和三郎師がルミュー司教の後任となった。1952年12月、函館地区は札幌教区に移管されて、以来、青森、岩手、宮城、福島の4県が仙台教区の管轄区域を構成している。
上記の仙台教区の歩みの出展は、『日本カトリック司教協議会イヤーブック2026』ですが、2036年に仙台教区100周年を祝うことを、大いに楽しみにしています。
救いの長い歴史の中で、同じ時代に生きた二人の聖人とドミニコ会との霊的なつながりを、さらにたどってみましょう。
2026年1月10日から2027年1月10日までの期間は、貧しい生活と自然への愛で知られるアッシジの聖フランシスコの没後800周年を記念する「聖フランシスコの年」です。聖ドミニコの没後800周年は2021年でした。
伝承によれば、1216年、ドミニコが2度目のローマ訪問を行った際、ある教会でアッシジのフランシスコと出会ったのです。二人は、共通の後援者であるウゴリーノ枢機卿(後の教皇グレゴリオ9世)を通じて聖座と交渉し、それぞれの修道会の教皇による承認を得ようとしていました。
その前夜、幻視の中でフランシスコの姿を見ていたドミニコは、フランシスコを目の当たりにすると駆け寄って挨拶しました。二人の間には親密な友情が芽生えました。今日に至るまで、ドミニコ会とフランシスコ会は、共通の目標に向けた団結のしるしとして、互いの創立者の祝日に相互訪問を続けています。
また、フランシスコがドミニコに「清貧の誓願」の実践を広めるよう影響を与えた可能性があり、一方でフランシスコ会の修道士たちは、ドミニコ会の会憲制度の一部を取り入れた可能性もあると言われています。
聖フランシスコも聖ドミニコも私たちにとっての偉大な神様からの恵みです。聖性は常に聖性を助けるものです。
宗教的対立が激しかった時代、聖ドミニコの深い謙虚さ、絶え間ない祈り、豊かな学識によって、多くの人々が生ける神の子へと導かれました。800年後の今も、聖ドミニコに魅力によって生まれた「説教者兄弟会」すなわち「ドミニコ会」との出会いによって、主イエスに導かれる者もいます。
聖ドミニコが1221年8月6日に亡くなる際、兄弟姉妹たちに残した最後の言葉は「互いに愛し合い、謙虚さを保ち、自発的な貧しさを宝とせよ」として知られています。これがドミニコ会の精神的遺産の核心をなす教えなのです。
「真理を観想し、観想の実を他に伝える」は、聖ドミニコ修道会族のモットーの一つですが、私たちは聖ドミニコの霊的兄弟姉妹たちに倣い、主のみ言葉を深く考え、その黙想の実りを言葉と行いを通して分かち合えるよう願います。
仙台教区司教 ガクタンエドガル
司教の日記
「シノドス的な回心と宣教への招き・アジアにおける『架け橋』となり、また『架け橋を築く者』となるために」
アジア司教協議会連盟(FABC)第12回総会開催される
2026年7月20日(月)から26日(日)まで、インドネシアのジャカルタで開催されました。この機会を利用して、アジア司教協議会連盟(以下FABCという)を少し説明してみたいと思います。
FABCは、東アジア、東南アジア、南アジア、中央アジアの各司教協議会による自発的な連合体で、聖座の承認を得て設立された組織です。1970年、アジア地域のカトリック司教180人がマニラで1週間にわたる会議に集まり、その会議の最後の日にはフィリピン訪問中の聖パウロ6世教皇も出席されました。FABCは、この会議において誕生したのです。その目的は、アジアの諸教会が備えている「多様性の中の一致」を具体的に体現するもの、加盟団体間の連帯、共同責任、および共議制を育み、教会間の協力を促進し、アジアの人々のより大きな善となるあらゆるものを保護・促進することにあるのです。

左から仙台教区ガクタンエドガル司教、西村桃子さん、東京大司教区菊地功枢機卿、新潟教区成井大介司教
この総会に出席するメンバーは、地域の全枢機卿と、司教協議会の会長と選ばれた司教たちと各部局の担当者で、今回は教皇特使・招待者・講師・報告者を含む150人が参加しました。アジア地域の枢機卿様としては、このたびは12人でした。これだけの参加者なので、会議と宿泊はホテルで行い、閉会ミサはジャカルタのカテドラルで行われました。日本からの参加者は、司教協議会会長であり、FABC事務局長(Secretary General)でもある菊地功枢機卿と成井大介新潟司教と私が参加いたしました。その他、FABCシノドス委員として西村桃子さんも出席していました。成井大介司教と私の参加については、日本司教総会で投票によって決まりました。
150人が揃っていなくても参加者が一堂に会すると、このような状態です。

Radio Veritas Asia Facebook より
以下の文書は、第12回総会開催で使用された英文資料と閉会ミサで発表された第12回総会開催の声明文の和訳です。
仙台教区司教 ガクタンエドガル司教
第12回総会の背景
FABCの第12回総会は、2025年の「希望の聖年」を受けて開催されました。同時に、本総会は、2024年の「シノドスの最終文書」、そして2025年の「第2回アジア宣教大会〜希望の大巡礼」に続くという点でも重要な意義を持っています。教皇レオ14世の選出と教皇職の開始から1年以上が経過した、2026年の2回の枢機卿会議で議論された多くのテーマの中でも、宣教的であり、また慈しみ深い教会に向けた「シノドス的な回心」への実践は、最優先の関心事でした。(2025年の『第2回アジア宣教大会〜希望の大巡礼』に日本から司教4人を含む21人の司祭、信徒宣教者、若者たちが参加しました。)
第12回総会のテーマ
こうしたことを踏まえ、FABCの第12回総会は、「シノドス的な回心と宣教への招き・アジアにおける『架け橋』となり、また『架け橋を築く者』となるために」というテーマのもとで開催されました。「もっと偉大なことをあなたは見ることになる……」(ヨハネ1:50新共同訳)という、イエスがナタナエルに語った言葉という聖書的基盤に根ざし、本総会は、アジアの教会における聖霊の働きに対する希望と開放性を喚起することを目指しています。このテーマは、真のシノダリティに必要な内的な回心と、アジアの文化、共同体、信仰の伝統を越えて「架け橋」となり、「架け橋を築く者」となるという使命の両方を強調しています。本総会では、『バンコク文書』および「シノダリティに関するシノドス」の最終文書に導かれ、教会の生活におけるシノダリティの実践的な実施を重視いたしました。
本総会の中心的な焦点は、アジアにおける回心と預言的使命への招きとしてのシノダリティです。今日の世界およびアジアに存在する課題と機会を考慮し、本総会は聖霊がアジアの教会に何を語っておられるかを識別し、また、社会・政治・経済・文化といった現在の現実が教会にどのような影響を与えているか、そして教会がどのように忠実かつ創造的に応答できるかを検討することとなりました。この考察は本集会の主要な関心事となり、シノダリティが抽象的な概念としてではなく、教会の宣教と証しを形作る生きた現実として扱われることを確実にするものでした。
第12回総会方法論
本総会会の方法論は、司教たちの間で真の対話と相互の傾聴が育まれるよう企画されていました。司教たちが互いに率直に語り合い、意思決定、説明責任、透明性において「シノダリティ」をいかに具現化できるかについて、経験や洞察を共有できる場が設けられました。教会内に存在する多様なカリスマを認識し、尊重することに留意し、参加型の教会生活モデルを推進しました。また、総会では、アド・イントラ(教会内部)の関係と、アド・エクストラ(社会、他の信仰共同体、そしてより広い世界)との関係の両方について検討しました。このようにして、シノダリティは、交わりを強め、宣教を充実させるダイナミックなプロセスとして理解されることになりました。
本集会の目的は、なぜ「シノダリティ」が重要なのかという理論的な議論を行うことではなく、むしろ「シノダリティ」をいかにしてより効果的かつ実効性のある方法で実践できるかを探求することにあります。重点が置かれるのは、アジアの教会の構造や文化にシノダリティを定着させるために講じることができる実践的な道筋、司牧的戦略、そして具体的な措置です。この実践的な方向性により、総会からは、霊的に豊かであり、司牧的に実行可能な成果が生まれることが期待されるのです。
総会のプログラムは、共に過ごす日々を通じて、祈り、識別、傾聴、分かち合いの時間を織り交ぜるように構成されていました。これらの霊的実践は、この方法論の根幹を成すものであり、総会が単なる一連の会議や講演にとどまらず、真に教会的で、シノドス的な体験となることを保証するものでした。
祈りは、聖霊の臨在の中で議事の基盤を築き、識別は司教たちが神の御心を求める指針となり、傾聴は互いの声に対する開放性を育み、分かち合いは相互理解と連帯を築くものとなりました。この霊性と対話の調和こそが、総会が推進しようとする「シノダリティ」そのものを体現するものです。
公式の会議にとどまらず、この総会はアジアの司教たちの間の友情と共同体の絆を強めることも目指しています。祈り、対話、交わりの中で共に時間を過ごすことで、司教たちはFABCへの帰属意識と、その使命に対する当事者意識を深めていきました。この共同体の精神は、アジアの司教共同体の結束を強め、この地域における「シノダリティ」の共同体的な証人として行動する力を与えることになるでしょう。
第12回総会のビジョン
この総会が、教会の組織構造だけでなく、司教たちの間の関係にも永続的な影響を残すことが期待されています。その目的は、司教たちが互いに刺激し合い、交わり、参加、そして宣教に根ざした、真に「シノダリティ」に則ったアジアの教会を築き上げていくことです。
結論として、FABC総会は、アジアの教会にとって変革をもたらす契機となることが期待されています。「シノダリティ」を回心と宣教の両面として捉え、その活動を祈りと識別に基づかせ、真の対話と共同体を育むことで、この総会は、自らが推進する「シノダリティ」そのものを体現することを目指しています。イエスがナタナエルに与えた「もっと偉大なことをあなたは見ることになる……」という約束を礎として、アジアの司教たちは希望を持って集い、今日の教会と世界において聖霊が成し遂げている「さらに大きなこと」を目の当たりにし、それに応えていく準備を整えていったのです。
FABC第12回総会声明(後半)
古代文明、活気あふれる主要宗教、そして若々しい人々に恵まれたアジアという大陸において、私たちは「架け橋」となり、「架け橋を築く者」となるよう求められています。それは、他者が疑念の壁を築く場所に、信頼と対話の架け橋を築くこと; 暴力や紛争が共同体を分断する場所に築かれる平和の架け橋;貧しい人々、弱い立場にある人々、社会から疎外された人々が尊厳を渇望する場所に築かれる思いやりの架け橋;そして、急速な社会・技術の変化、世界の分断、そして私たちの「共通の家」である地球を脅かす生態系の危機の中で、生きる意味を探し求める若者たちのための希望の架け橋。
インドネシアでの旅は、私たちの召命を示す力強い象徴を与えてくれました。ジャカルタの聖母被昇天大聖堂とイスティクラル・モスクを結ぶ「友情のトンネル」を歩いたとき、私たちの信仰が、障壁ではなく架け橋を築くよう私たちに呼びかけていることを改めて思い起こさせられました。
この総会で教皇レオ14世が語られたように、文化的・宗教的に多様な社会において「架け橋」としての使命を果たすためには、アジアの教会における地方教会間のより強固な交わりが不可欠です。私たちは今、深く耳を傾け、扉を開き、境界を越え、謙虚さと希望をもってすべての人々に寄り添う「宣教的・シノダリティ的な教会」となるよう、インスピレーションを受けて帰国します。
私たちは、隣人である他宗教や他文化を、真理、正義、平和、そして私たちの「共通の家」の保護を求める旅の仲間として認め、宣教的・シノダリティ的な教会として、エキュメニカルな姿勢で共に歩むという決意を新たにいたします。
私たちは、アジアの諸民族や文化の知恵に耳を傾け、貧しい人々や弱い立場にある人々と仲間として共に歩み、将来の世代が創造主の善を映し出す世界を継承できるよう、生態学的回心への切実な呼びかけを受け入れることを改めて誓います。
アジアの母であり、教会の母であるマリアが、この巡礼の旅路において私たちに寄り添ってくださいますように。聖霊が、交わり、参加、そして宣教において、引き続き私たちを導いてくださいますように。そして、生ける架け橋であるキリストが、私たちを結びつきと和解の器として用いてくださいますように。そうして、すべての民がキリストにおいて、いのちの豊かさを発見できるようになりますように。より大きな御業を目にするという確かな希望を胸に、共に歩んでいきましょう。
使徒たちから受け継ぐ信仰と希望
— 聖ペトロ・聖パウロ使徒の祭日・カテドラル献堂記念日 —
梅雨雲が途切れて青空に恵まれた6月29日、聖ペトロ・聖パウロ使徒の祭日、司教座聖堂の元寺小路教会で献堂記念日のミサがささげられた。使徒たちの殉教を記念する赤い祭服が祭壇を彩り、信徒らは教区の母なる教会でともに祈りをささげた。
元寺小路教会は、1897(明治30)年6月29日、聖ペトロ・聖パウロ使徒の祭日に仙台天主堂として献堂され、以来、教区の母なる教会として多くの信仰者の歩みを支えてきた。当日は約60人の信徒や修道者が参列し、ガクタンエドガル司教が主司式を務めた。祭壇には幸田和生司教、平賀徹夫司教、イグナシオ・マルティネス神父(教区事務局長)、小野寺洋一神父(司教総代理)が共同司式し、このほか祭服姿の仙台教区の司祭17人と助祭1人も典礼に参加し、ともに祈りをささげた。
説教でガクタン司教は、聖ペトロと聖パウロは決して完全な人物ではなく、時には激しく対立することもあったと述べながら、それでも神は二人を通して教会を築かれたことを語った。ペトロは主イエスを三度否認し、パウロはかつて教会を迫害していた。しかし、神の恵みによって立ち上がり、それぞれ異なる賜物を生かして福音を宣べ伝え、最後には殉教によって信仰を証しした。その歩みは、人間の強さではなく、神の愛と憐れみによって教会が支えられていることを示していると説いた。

また司教は、私たちも人生においてさまざまな板挟みや悩みを抱えながら生きていることに触れ、パウロの「主において常に喜びなさい」「どんなことでも思い煩ってはなりません」とのみことばを紹介しながら、苦しみや不安を神に打ち明け、与えられた場所で奉仕し、愛する力を発揮して歩むよう招いた。そして、神は私たち一人ひとりにも愛する力を与えてくださっていることを心に留め、その恵みに信頼して歩んでいこうと呼びかけた。
平日の開催のため参列者は約60人であったが、聖堂は祈りと賛美に包まれた。閉祭では、12人の混声聖歌隊が先唱する典礼聖歌396番「救いの道を(教会はひとつ)」を会衆も声高らかに歌い、希望に満ちた歌声が聖堂いっぱいに響いた。「主の教会は、ただひとつ」と歌うその祈りは、参列者一人ひとりを新たな希望のうちに日々の歩みへと送り出した。
教区広報委員 飯島 薫
地上に平和を
日本カトリック平和旬間
日本のカトリック教会は、8月6日から15日までを、平和について考え、平和を祈る期間としています。この慣習は1982年にさかのぼり、当時の日本のカトリック司教団が毎年恒例の「日本カトリック平和旬間」を制定したことに由来しています。
この決定は、1981年2月に広島で教皇ヨハネ・パウロ二世が述べたメッセージへの応答でした。
「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。…… 過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。……人類同胞に向かって、軍備縮小とすべての核兵器の破棄とを約束しようではありませんか」。
8月6日は、1945年の広島への原爆投下の祈念の日です。そして、8月9日は、長崎へ原爆が落とされたことを祈念する日です。日本は、8月15日を第二次世界大戦の終戦日としています。
カトリック教会は8月6日に「主の変容の祝日」、8月15日に「聖母マリアの被昇天の祭日」を祝います。これらの日に、私たちが神に捧げる共通の願いは、絶えず私たちはキリストに似た者へと回心していくことです。
主イエス・キリストは、次のような教えを私たちに残してくださいました。「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と言われている。しかし、私は言っておく。敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」(マタイ5:43-44)。
果たして、これは可能なのでしょうか。
ロヨラの聖イグナチオに由来するとされる霊的な格言があります。「すべてがあなたにかかっているかのように行いなさい。同時に、実際にはすべては神にかかっていることを知りなさい」(この格言の日本語訳は、cbcj.catholic.jp/2012/06/17/8639/にある教皇ベネディクト十六世の2012年6月17日のお告げの祈りのことば『種のたとえ話』より)。
このイグナチオの格言について、霊性に関する著述家たちは概して、私たちがたゆまず、切実に神の御業に取り組みつつ、神が私たちの努力を完成させてくださるよう祈るべきだと述べています。
最近読んだ本には、平和のために私たちがどのように働けるかというリストが掲載されています。
(And Morning Came:Scriptures of the Resurrection, 著者 Megan McKenna『夜明けが来た〜復活の聖書』日本語に訳されていないと思います)。
著者はそれを「平和のための連祷」と呼んでいます。ここではそのうちの7つを紹介しますが、皆さんが他の平和への一歩を見つけることを願っています。

- 明日には歩けなくなるかもしれない人々の足を洗ってあげましょう。
- 祈りの中で静かに叫びましょう。他者の痛みを心に留めましょう。
- 敵や自国の敵のために祈り、彼らのために赦しを請いましょう。
- 普遍的に考え、地域的・世界的に行動し、平和を追求する団体に参加しましょう。
- 非暴力的な言葉を学び、軍国主義的、攻撃的、あるいは他者を軽視するような言葉や概念を捨てましょう。
- 他の宗教の基礎を学び、その祈りや修行の一部を実践して、他者をより深く理解しましょう。
- たとえば、「平和があなたと共にありますように」、「こんにちは」、「ありがとう」、「お名前は」といったほんの数語であっても、別の言語を学びましょう。
私たち人間には、永続的な平和を築くことはできません。平和の訪れを信じ、平和が私たち自身から始まり、神が真の平和をもたらしてくださるよう祈りましょう。
仙台教区司教 ガクタンエドガル
平和を求めるキリスト者 合同祈祷集会

8月9日(日)午後2時30分から元寺小路教会大聖堂で、仙台キリスト教連合(仙台圏にあるカトリックやプロテスタントなどの諸教会の集まり)主催による祈祷集会が開催された。この集会は、毎年2回、1月と8月に行われており、今回はカトリックの典礼を中心に、各宗派による祈りと聖歌(讃美歌)がささげられ、福音は氏家和仁神父が朗読した。
この中で、ウクライナ避難民のイリナ・ホンチャロヴァさん(宮城県石巻市在住)が悲惨な戦争体験と平和の大切さを語っていただいた。
仙台教区「いのち・平和・人権委員会」
2026年 第13回いのち勉強会(午後の部)
前号に引き続き、5月9日(土)に仙台司教区カテドラル元寺小路教会において開催された、第13回いのち勉強会の午後の部を紹介する。
日本カトリック司教協議会 社会司教委員会の「いのち・平和・人権委員会」は、それまで活動していた正義と平和協議会、難民移住移動者委員会、部落差別人権委員会、子どもと女性の権利擁護部門、HIV/AIDS部門を統合し、4月に発足した新たな部門です。委員長は森山信三(大分教区司教)、担当司教は松浦悟郎(名古屋教区司教)、ウェイン・バーント(那覇教区司教)、そしてガクタン・エドガル(仙台教区司教)です。
第2講話
午前の部に引き続き森山信三司教が話された。

平和についての教会の教え・教皇の言葉
平和についての教皇様の言葉と言えば、一番有名なのは、ヨハネ・パウロ2世が訪日中、1981年、広島でなさった「平和アピール」であろう。
私はこの年、神学校に入ったので、後楽園での教皇ミサに参加することができた。
平和アピールの冒頭
戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の町、この世界平和記念聖堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。
もはや切っても切れない対をなしている2つの町、日本の2つの町、広島と長崎は、「人間は信じられないほどの破壊ができる」ということの証として、存在する悲運を担った、世界に類のない町です。
この2つの町は、「戦争こそ、平和な世界をつくろうとする人間の努力を、いっさい無にする」と、将来の世代に向かって警告しつづける、現代にまたとない町として、永久にその名をとどめることでしょう。
ヨハネ・パウロ2世は、1946年、ポーランドでお生まれになった。その時はナチス政権下で、苦しい生活を送られ、その後、共産主義国家になり、神学生生活を送られ、司祭になり、司教となった。どんなに平和が大切なものかを痛感しておられた教皇は、日本に教皇として初めて来日し、「平和アピール」を出された。
平和アピール2.
過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。広島市の皆さんは、最初の原子爆弾投下の記念碑を、賢明にも平和の記念碑とされました。
わたしは、この英断に敬意を表し、その考えに賛同します。平和記念碑を造ることにより、広島市と日本国民は、「自分たちは平和な世界を希求し、人間は戦争もできるが、平和を打ち立てることもできるのだ」という信念を力強く表明しました。
平和アピール4.
過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うことです。広島を考えることは、核戦争を拒否することです。広島を考えることは、平和に対しての責任をとることです。この町の人々の苦しみを思い返すことは、人間への信頼の回復、人間の善の行為の能力、人間の正義に関する自由な選択、廃虚を新たな出発点に転換する人間の決意を信じることにつながります。戦争という人間がつくり出す災害の前で、「戦争は不可避なものでも必然でもない」ということをわれわれはみずからに言い聞かせ、繰り返し考えてゆかねばなりません。
私たちは、過去の歴史を振り返っているだろうか。
西ドイツの大統領であったヴァイツゼッカーの演説「荒野の40年」のことをご存じであろう。これは1985年5月8日に話されたものである。この日は戦争に負けた日であり、この日に私たちは何をすべきなのか、と問うているのである。この演説のタイトル「荒野の40年」は、ユダヤの民が40年間荒れ野をさまよって、約束の地に入ったことをタイトルに使っている。非人間的な行為を心に刻むことなしに、和解はあり得ないと言うのである。
ヴィクトール・フランクルの言葉がある。
「神は人間を善きものとして造ったのに、なぜ戦争があるのか、とよく聞かれる。戦争を引き起こすのも人間だが、同じ人間が平和を打ち立てることもできる。」
「人間とは何者か。人間とは、何かを常に決定する存在である。
人間はガス室を発明した存在だ。しかし、同時にガス室に入っても毅然として祈りを駆使する存在でもあるのだ」
ヨハネ・パウロ2世は、「平和アピール」の6で、次のように、アピールなさっている。
平和アピール6.
35年前、ちょうどこの場所で、数多くの人々の生命が、一瞬のうちに奪い去られました。そこで、わたしはこの地で、「人間性のため、全世界に向けて生命のためのアピール」を、人類の将来のためのアピールを、出したいと考えます。各国の元首、政府首脳、政治・経済上の指導者に次のように申します。
正義のもとでの平和を誓おうではありませんか。
今、この時点で、紛争解決の手段としての戦争は、許されるべきではないというかたい決意をしようではありませんか。
人類同胞に向って、軍備縮小とすべての核兵器の破棄とを約束しようではありませんか。
暴力と憎しみにかえて、信頼と思いやりとを持とうではありませんか。
この国のすべての男女、全世界のすべての人々に次のように申します。
国境や社会階級を超えて、お互いのことを思いやり、将来を考えようではありませんか。
平和達成のために、みずからを啓蒙し、他人を啓発しようではありませんか。
相対立する社会体制のもとで、人間性が犠牲になることが決してないようにしようではありませんか。
再び戦争のないように力を尽くそうではありませんか。
ヨハネ23世は、『地上の平和』という回勅をお出しになりました。
この教皇様は、第2バチカン公会議を始められた方である。教会の中にあるよどんだ空気を出すために、そして新鮮な空気を吸うために「窓を開けましょう」と仰いました。また、現代化と訳されている「アジョルナメント」という言葉を作られ、よく使われました。
ヨハネ23世は、真の平和は、相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換えることができます。人間を信頼しましょう、と訴え、核抑止論の否定と軍備縮小を提唱された。
この教皇は、フルシチョフと親交があり、その働きにより、キューバ危機を乗り越えられたと言われた。
しかし、ヨハネ23世は、第二バチカン公会議の途中で逝去され、パウロ6世が引き継がれた。
平和は、人間が生きる家の屋根であり、平和においてこそ、人間らしく生きることができる。その家を支える土台として、4本の柱が必要である。その柱は、真理、正義、愛、自由である。
人権と平等:その柱を支えている基礎は、人間の尊厳である。
全ての人は、神の似姿として造られている。一人一人が大事にされる世界、これが、平和のために働くということである。
人間は神の似姿として造られた。別の表現をすると、神の像、人間は神を写すもの、神のアイコンである。「アイコン」という言葉はお聞きになったことがあるでしょう。パソコン用語としてよく使われている言葉です。私たちが、神の姿になることを、神は願っている。神のアイコンを最初は王にだけあてはめていましたが、次第に、時代を経るに従って、神のアイコンは、王だけではない。人間そのものが、神のアイコンであるとかんがえるようになったのです。
1948年12月10日、「世界人権宣言」は国連総会で採決された。
「人権とは、個人の自立を守るだけでは無く、個人の尊厳に基礎を置いた共通善を目的としている」
世界人権宣言が述べている、第1条の内容を、教皇は、初めて教会公文書の中に取り入れ、その文書の内容が福音に基づいたものであることを示したのであった。
戦後60年の司教団メッセージは、2005年に発表されたものであるが、「非暴力による平和への道」をとりあげ、預言者としての役割を果たさなければならないことを示した。
非暴力とは、人が見えなくされている構造であり、構造そのものに問いを投げかけるものである。非暴力は、単に、暴力を使わないことではない。人間が人間らしく生きることを妨げるのである。
『カトリック教会のカテキズム』の中に、「正しい戦争」はあり得ないと言っている。
フランシスコ教皇は、「二度と戦争をしてはなりません」と『兄弟の皆さん』で言う。
教皇レオ14世は、今年の受難の主日の説教の中で、また、カメルーンを訪問された時にも、平和について訴えられておられる。
「平和を実現する人は幸いである。」
私たちは、社会の中で、社会と共に、社会において、平和のために働きましょう。
このあと、「いのち・平和・人権委員会」発足記念の「平和を求めるミサ」がおこなわれた。

主司式は、ガクタン エドガル司教。共同司式は、森山信三司教,アルマンド・ツマリワン、アンリ・バティバンガ、イグナシオ・マルティネス、カオ・トゥリ師、申 東賓助祭、齋藤優助祭(さいたま教区上尾教会協力)でささげられた。
説教は、森山信三司教が次のように話された。
今回の大会では、「教会はなぜ社会問題にかかわるのか」ということがテーマとして挙げられていました。カトリック教会には「社会教説」と呼ばれる教えがあります。それは19世紀の終わりごろから、バチカンから出された社会問題にかかわる文献、論説、原則などを総称して言われる言葉です。その嚆矢(こうし)となったのは、レオ13世教皇の「レーヌム・ノバールム」という回勅です。産業革命以降、労働者たちは搾取され、劣悪な労働環境の中にあって、教皇は、それらの労働者の権利の擁護、人間としての尊厳を取り戻そうとされたのです。レオ14世は、13世以降の歴代教皇が示し続けた「貧しい人々」「弱い者」に連帯するということをAIの普及、あるいは戦争、軍備拡張の世界的広がりの中で、教皇フランシスコとはまた異なる仕方で発信しておられるといえると思います。
社会教説は、社会の中での教会、あるいは信仰者の道を指し示すことを目的としています。教会は、社会から距離から距離を置いて外部から関わるのではなく、社会の中に入って、弱い立場にある人、周縁に置かれた人々に寄り添い、ともに歩んでいきます。
生きていくということは、政治経済、自然環境、私たちの国で日々起こる出来事と無関係ではありません。無関係どころか、それらは私たちの生活を大きく左右するのです。教会は「祈りの場」であると同時に自分との関係、他者との関係、社会との関係、あるいは国や国際関係というあらゆる関わりとの和解をする場でもあります。だからこそ歴代教皇は、信仰と道徳に関してはもちろん、社会問題、労働問題、平和、環境問題などあらゆる人間の生きる場を脅かすような動きに対して発言してきましたし、今後も発言するのです。
ですから私たちもこのような教会とともに歩んでいくのです。この世界、世俗と霊的世界は別々の無関係なものではなく、重なり合うことを考えるとき、キリスト者は、この世界を人間の尊厳、いのちの尊重を常に擁護する立場あるいは逆に福音と異なる動きに対して、抵抗するということが求められます。社会教説はそのための指針ということができましょう。
さて、ロシアとウクライナの戦争は4年が経過し未だに停戦、終戦の兆しが見えません。イスラエルはハマスの壊滅と称して、ガザを廃墟となるほどに攻撃を続けました。そうして今度はアメリカとイスラエルがイランに先制攻撃を仕掛け、世界中に不安定さをもたらしています。エネルギー価格は高騰し、それに伴いあらゆる物価はあがり、貧しい人々をさらに苦しめています。教皇様は選出当初から一貫して「平和」を、武器を置くことを、戦争はもうたくさんですとおっしゃいます。さらに今年の元旦の平和メッセ—ジでは次のように指摘されました。
しかしイエスは、ご自分を守ろうとする人々に力強くこう繰り返していわれます。「剣をさやに納めなさい。」復活したイエスの平和は、武器のない平和です。なぜなら、イエスの戦いは、武器なしに、歴史的・政治的・社会的状況の中で行われたからです。
キリスト者はともに、自分たちがしばしば関与した悲惨な出来事を心に留めながら、ともにこの新しいことの預言的な証人とならなければなりません。
残念ながら現代では、信仰のことばを政治闘争に持ち込み、ナショナリズムを賛美し、暴力と武力戦争を宗教的に正当化することがますます普通に見られるようになっています。信仰者は、神の聖なる名を覆い隠すこのようなかたちの冒涜(ぼうとく)に、何よりも生活のあかしによって、積極的に反駁しなければなりません、と。
私たちの社会では、富める者、力ある者が、小さき者、弱き者を支配する、時には抑圧するという構造があります。マリアはマニフィカトの中で歌いました。「神はその力を表し、、思い上がる者を打ち砕き、権力ある者をその座から降ろし、見捨てられた人を高められる、飢えに苦しむ人はよいもので満たされ、傲り暮らす者は空しくされる」と。救い主の母となるために選ばれたマリアのこの選びは、権力者や富める者と身分の低い者、貧しき者の立場を逆転させたといいます。そればかりか、身分の低い人が上げられる、すなわち主に近づけられ、富める者神に近いとされていた人が遠ざけられるというのです。すなわち、マリアに起こったことは、貧しい人と富める人の関係をすっかり変えた。マリアに起こったことのゆえに、私たちはそれまで当たり前だと思っていた考え方や価値観を変えられた、以前とは同じ目では見なくなったということです。

現代は教皇が言われる通り、世界は一握りの暴君たちによって荒廃させられています。
その通りだと思います。国際社会との連携、他国との協調、和解、交渉、対話などパワーに頼む前に私たち人間ができることはたくさんあるはずです。一方では世界は一握りの暴君によって荒廃させられていますが、同時に世界は連帯する多くの兄弟姉妹によって支えられていますことも事実です。私たちは当然、暴力に加担する者ではなく、連帯し、相手を信頼し共に手を携える側に立ちましょう。
世界では、日々、人間を殺傷するために巨額の軍事費が使われています。日本でも政府は長年にわたる武器輸出の制限を緩和し、戦後最大規模の防衛力強化を進めており、防衛費は大幅に増額されています。このことは、私たちの国が確実に戦争に向かっていることを意味しています。私たちの国で起こっていることが、本当に平和に向かっているのかどうかを見極め、私たちの問題として祈り行動することが、今、混乱の中にある世界の平和のためにできることです。

「平和を実現する人は幸い。」平和は、じっとして訪れるものではありません。平和を実現する、すなわち、平和のために働くことが求められています。私たちの身近なところからシャロームを壊すような動きがあるなら、立ち上がっていきましょう。
暴力に反対し、教皇選出当初から一貫して「平和」を叫ばれている教皇レオ14世の使徒的活動を全世界の人々の祈りで支え、世界中で戦争の犠牲になっている人々と連帯し、支援し、彼らのために祈りましょう。

ミサの最後に、「感謝の祭儀を終わります、行きましょう。神の国の完成と主の平和の実現のために。」と祝福を受け、「神に感謝」と心を合わせてはっきりと、平和の実現を心に誓いながら、満たされた心で散会した。
教区広報委員 Sr.長谷川 昌子

仙台教区サマー・ユースキャンプ2026
—出会い、信仰、そして新たな始まりの旅—
仙台教区青少年司牧部は、2026年8月15日〜16日に聖パウロ宣教センターで開催された、初めての教区規模のサマー・ユースキャンプを喜びのうちに終えることができました。参加者数は多くを期待していませんでしたが、実際には25人の若者が登録し、仙台以外の遠方から来てくれた参加者もいました。その姿は、若者たちが成長し、つながり、そして神の働きを再発見する場を求めていることを示す希望のしるしとなりました。

聖パウロ宣教センターの前で
初日、会場にはベトナム、フィリピン、インドネシア、日本、コスタリカ、ウクライナ、マダガスカル、コロンビアなど、さまざまな国籍の若者たちが集まりました。言語も背景も異なる若者たちが一堂に会し、期待と喜びが満ちあふれる雰囲気となりました。開会にあたり、司教様は若者たちに向けて励ましの言葉を述べ、「この出会いの中に意味を見いだしてほしい」と語りかけました。
若者たちが互いに挨拶を交わし始めると、その目には明らかな興奮と喜びが見えました。多国籍の仲間と出会う機会は多くありません。彼らは、この会いがこれから大切にしていく思い出になると感じていました。
キャンプ中に講話やセッション、活動を通して、若者たちは神がどのように日々の生活の中で働いておられるかを振り返りました。第1回のセッションに参加者同士が言葉よりも「相手の存在」を感じ取るダンスを導入し、活動しました。こうして、共通言語がほとんどない中でも皆が一歩踏み出して参加したことの大切さを確認したのです。
さらに、日本で有名なアイス「レディーボーデン」の話を通して、他者に開かれること、学びへ開かれること、そして自分の内面に宿る深い世界について思いを巡らせる時間となりました。家族や友人など身近な人々との関わり、日常の小さな出来事の中に神の導きを見つける時間となりました。
第2回の講話は、若者たちが抱えている静かな苦しみや課題にも目を向けました——家庭での悩み、学校や職場でのプレッシャー、社会の中での不安、教会の中で感じる難しさ——こうした現実を見つめながら、彼らは「心の声に耳を傾ける時間」「騒がしい世界の中で静けさと平和を見つける時間」の大切さを学びました。そして、イエスの生き方と教えが、自分の人生の意味を探すうえでどれほど大切な光となるかを深く感じ取っていました。
サマーキャンプの大きな目的の一つは、2027年に韓国ソウルで開催される次回のワールド・ユースデイ(WYD)を若者たちに紹介することでした。キャンプの中で、さまざまな国籍の若者たちと出会い、共に過ごした体験は、より大きな国際的集まりであるWYDで彼らが体験する出来事の小さな前触れとなりました。若者たちのサマーキャンプの一番の大きな集まりはWYDです。前回のWYDのビデオを見せ、来年韓国ソウルで開催されるWYDについて紹介しました。

全世界から若者たちが集まり、教皇レオ14世を中心に一つとなる教会の最大の祭典であるWYD。若者たちの目は期待に輝いていました。キャンプでの祈りや賛美、そして短い巡礼歩行の体験は、WYDでさらに広がる霊的・文化的・共同体的な体験の予告編のような時間となりました。

新たに生まれたつながりをさらに深めるため、夕食にはバーベキューを行いました。参加者一人ひとりが役割を担い、協力しながら準備を進めました。食事を囲む中で、笑顔と友情が自然に広がり、温かい雰囲気が会場を満たしました。

キャンプの大切な柱となったのが祈りの時間です。若者たちは聖母被昇天のミサをささげ、夜にはテゼの祈りと聖体礼拝を行いました。多くの参加者にとって初めての体験であり、心に深い静けさと神の臨在を感じる特別な時間となりました。
2日目、若者たちは一本杉教会への巡礼に出発しました。まさに「信仰の歩み」と呼ぶにふさわしい時間でした。教会では、信徒の皆さんが温かく迎えてくださり、共に日曜日のミサをささげました。多くの若者が歌い、祈り、積極的に参加する姿は、教会共同体にも大きな励ましと希望をもたらしました。

一本杉教会の信徒の皆さんと
キャンプの最後に、参加者が体験を分かち合いました。彼らは次のような思いを語ってくれました。
- 信頼と友情が育まれたこと
- これからも繋がり続けたいという願い
- 互いの話を聞く中で、自分自身について新しい発見があったこと
- イエスと再び深くつながる時間を持てたこと
- もっとイエスを知りたいという思いが芽生えたこと
彼らは「これはただのサマーキャンプではなく、新しい家族を得たような体験だった」と語り、その違いがあるからこそ、この家族がより豊かで意味深いものになったと感じていました。
今回の初めての試みは、確かにその目的を達成することができました。これからも若者たちとつながり続ける中で、彼ら自身が希望の器となり、今回の体験や気づきを、所属する教会、学校、職場、そして出会う若者たちへと広げていってくれることを願っています。また、こうした集まりをより多くの若者に届け、彼らが教会や地域共同体の中で、より積極的に、より身近に参加できるよう励ましていきたいと願っています。仙台教区サマー・ユースキャンプ2026は、単なるイベントではなく、友情、信仰の旅、そして教会の新しい息吹の始まりでした。
仙台教区青少年司牧担当
ロメロ・アルマンド神父
小さな世界から平和を願って
仙台教区「いのち・平和・人権委員会」第33回核廃絶と平和を求めるミサ
7月16日、午後6時、教会の鐘が響く中、カトリック元寺小路教会で第33回「核廃絶と平和を求めるミサ」が始まりました。主司式はイグナシオ・マルティネス神父、共同司式は第4地区の司祭2名。約35人が参列し、ミサに先立って多言語によるロザリオの祈りがささげられました。共同祈願は韓国語、英語、タガログ語、スペイン語、ベトナム語でささげられ、会衆は日本語で応唱しました。多様な国にルーツを持つ信徒が心を一つにして平和を祈りました。

この日は、1945年7月16日にアメリカ・ニューメキシコ州で人類初の核実験「トリニティ(三位一体)」が行われてから81年に当たります。説教でイグナシオ神父は、原子爆弾の開発に世界中の優れた科学者が集まり莫大な資金が注がれたことに触れ、「人類にとって恥ずかしいことであり、キリスト者にとって悲しいことです」と述べ、「81年前の出来事を決して忘れてはなりません」と呼びかけました。
さらに、当日の福音(マタイ5・3〜10)の「平和を実現する人々は幸いである」を示し、「私たちが置かれた現実の中で、赦しと和解、心の平和が実現するよう、小さな努力を重ね、その祈りを神様にゆだねましょう」と参加者を励ましました。
ミサの終わりには、「ここにはさまざまな国にルーツを持つ人々が集まっています。このミサは『小さな世界』です。爆弾を作るような力やお金はなくても、私たちには信仰があり、世界を包むキリストの愛があります」と結びました。閉祭では「平和の大工」が歌われ、日々の生活の中で平和を築く決意を新たにしました。
教区広報委員 飯島 薫
各地区からのお便り
第1地区より
〈三八ブロック〉
念願の教会に泊まるサマーキャンプ
8月8日 午前10時より、小1から高3の19人の参加で「平和の道具となろう〜平和ってなに?〜」をテーマに、八戸塩町教会の聖堂で2026年の「三八ブロックサマーキャンプ」が、開催されました。
八戸塩町教会のパトリック・カストロベルデ神父様とジャスティン・ルクサ神父様の2人の神父様と、十和田教会の髙木健太郎神父様と三沢基地教会のクリストファー・ヤッケル神父様(=途中参加)の2人、合計4人の神父様が参加してくださり、子どもたちは当初予定の参加者が増え、年長者(中高校生)がリーダーではありますが、それに加えて八戸学院大学の学生の助っ人が力となってくれました。

ようやくパトリック神父様の念願だった教会での宿泊が叶い、ご挨拶する神父様の言葉にも弾みがつき、定例の、緊張をほぐす目的のグループ参加型クイズ大会や、早口大会・すごろくが八戸塩町教会の福島さんの進行で行われました。
お楽しみの昼食は、子供たちが久慈教会の木村さんにおにぎりの作り方を聞きながら、佐藤初女さん(青森市出身の教育者で「おむすび」が有名)のことを紹介する形式で、自らの手でおにぎりを作るというものです。なかなかの力作は、さぞ美味しかったことでしょう。
有志のレクリェーションでは、三沢教会の蒔田れいあさんが、ジャスティン神父様の出身国であるコンゴ民主共和国について調べ、それを発表してくれました。日本と比較しての国土、バナナに似た食べ物、歴史など、クイズ形式で興味を持って聞くことができるよう工夫しての説明が聞けました。
合間を見て次の日の典礼(子どものミサ)について朗読・答唱・共同祈願などの段取りをしますが御ミサに初参加となる子どもたちもいて、一体どういうものなのか緊張の面持ちが見られました。
夕食後休憩して、天候は少雨と悪化していく中、それでも花火を楽しみました。

このあと、シャワーを浴びて就寝となりますが夜中3時ごろに震度3の地震が発生!何事もなかったのは不幸中の幸いでした。
2日目の子どものミサで、子どもたちが典礼を立派にこなしてくれたことに感謝。送り出してくれたご家族の方たちにも感謝。支え続けてきた方たちに感謝!
赤坂 一明(八戸塩町教会)
第4地区より
教会学校合同サマーデイキャンプ
アッシジの聖フランシスコについて知ろう!
8月1日、小中学生19人が参加し、元寺小路教会を会場にサマーデイキャンプを行いました。今年は、聖フランシスコ没後800年ということで、テーマは「聖フランシスコ」です。
聖フランシスコの生涯を学んだ後、恒例のスイカ割り(大いに盛り上がりました)、そしてスタンプラリーをしながら、聖フランシスコの生き方や教えから、環境や平和について考えました。NASAからのメッセージや子ども向け「太陽の賛歌」からは地球環境について、各国の「平和」という言葉を知り、「平和の祈り」をもとにカードを作り、平和を。また、フランシスコ会やクララ会の修道服を着てみようのコーナーやオルガンを弾いてみようのコーナーでは子どもたちの笑顔が弾けました。

キャンプの締めくくりは、皆でぐるりと祭壇を囲んでミサをお捧げしました。スタンプラリーで作成したカードを奉納し、侍者、朗読、共同祈願、奉納を参加した子どもたちが務め、とても温かなミサとなりました。あいにくのお天気でしたが、子どもたちもリーダーたちも心は晴れやかでした。
最後に、イグナシオ神父様の素敵なアイデアを実現してくださり、当日盛り上げてくださった、元寺小路教会手作りの会と青年会の皆さまに心より感謝申し上げます。
教会学校リーダー会
高瀬佳子(北仙台教会)
第5地区より
〈会津ブロック/喜多方教会〉
受洗された方の中の後藤萌さんが、手記を投稿いたしました。
洗礼式を終えて
2026年8月15日、聖母被昇天の祝福に満ちた日に洗礼を受け、ベルナデッタの洗礼名を授かりました。神様の豊かな恵みと、私を温かく迎えてくださった教会の皆様に心より感謝申し上げます。
私はキリスト教とは無縁の家庭で育ちましたが、幼い頃から多くの芸術や文学を通して聖書の世界に触れてきました。導かれるように惹かれていったキリスト教との出会いは、私にとって特別なものとなりました。
初めて教会を訪れたのは20年近く前、高校生の時です。キリスト教のことをもっと深く知りたい、そんな思いが強くなり始めた頃に思い切って扉を開きました。
それを機に信仰とは何か、生きるとは何かなど、自分自身と本気で向き合うようになりました。再び教会へ訪れるまでには様々な葛藤や躓きもあり、数年の期間が空いてしまいましたが、少しずつ教会へ通うようになり、聖書や祈りに親しむ信仰のある生活へとシフトしていきました。

そして迎えた8月15日の洗礼式。聖母マリア様が天にあげられた記念すべき日に新しく生まれ変われたことは、大きな喜びです。そして所属する教会は、なんと私がはじめて訪れたはじまりの教会です。長い長い年月をかけて神様がゆっくりと私に合わせた道を用意してくれたのだと思うと、喜びもひとしお。感謝の気持ちで胸が熱くなりました。

そしてこの度授けていただいた洗礼名のベルナデッタ。苦難の中でも忍耐と強い信仰を貫いた聖ベルナデッタのように、どのような時も感謝の心を忘れずありのままの自分を受け入れ、目の前の小さな愛を積み重ねられるような、そんな信仰生活を送れるよう歩んでまいりたいと思います。
信仰の旅路は始まったばかりですが、共同体の皆様と共に祈りを深めていけたら幸いです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ベルナデッタ後藤 萌(喜多方教会)
訃報
スールマリア
岡田健子(おかだ たけこ)帰天
(聖ウルスラ修道会一本杉修道院)
略歴

- 1932年3月7日 誕生
- 1955年8月14日 受洗
- 1958年4月8日 入会
- 1961年8月30日 初誓願
- 2026年7月6日 帰天(満94歳)
スールルチア
小針千代(こはり ちよ)帰天
(聖ウルスラ修道会一本杉修道院)
略歴

- 1937年11月29日 誕生
- 1957年12月24日 受洗
- 1964年8月30日 入会
- 1967年10月28日 初誓願
- 2026年8月14日 帰天(満88歳)
カトリック仙台司教区現勢 決算報告(2021年〜2025年)

カトリック仙台司教区2025年度 決算報告(2025年4月1日〜2026年3月31日)

カリタス南相馬からのレポート
〜第1回「Come and See福島」に参加して〜
6月24日から26日、カリタス南相馬が主催する「Come and See福島」に参加しました。このタイトルは、ヨハネ1章39節のイエスの言葉「来なさい。そうすれば分かる」に繋がると教えていただきましたが、まさしくその通りの活動でした。
私は、2013年に「カリタス原町ベース」で数日間ボランティアをしたのですが、何の特技もない私を温かく受け入れて、共に活動してくださったことが嬉しく、有り難く、その後も何度か来させていただきました。しかし、大震災・原発事故から年数がたち、必要とされている支援が「地域の皆さまとともに働く」ものに変わってきていると分かり、賛助会員として神戸から応援することにしました。
最後のボランティアから8年。3日間、南相馬市小高区、浪江町,双葉町、大熊町、富岡町を巡り、大震災と原発事故に関連する場所や施設を案内していただきましたが、町のようすは大きく変わりました。特に印象に残ったのは、あの山のようにあったトン袋が消え、大震災・原発事故を伝える立派な施設がたくさんでき、新しい町並み(新しい家、お店、道路など)や田植えの済んだ田んぼが広がっていることでした。その一方で、まだ帰還困難区域があること、避難指示解除区域となっても、戻ってくる人が少ないこと、津波のため災害危険区域となり、住宅の再建ができないことには、とても心が痛みました。

1995年の阪神淡路大震災のとき、私の住んでいた地域では、一戸建てはほぼ全壊、多くの方が亡くなりました。一方、徒歩10分ほどの北側では、壊れていない家もあり、電気も当日に復旧しており、その違いにがくぜんとしました。震災で受けた具体的な被害や精神的な傷は人によって違うのだということを30年以上たった今も感じています。この大震災・原発事故を阪神淡路と単純に比較することはできませんが、お一人お一人の抱える「違い」は、年月とともに広がっていっておられるのではと推察します。根本摩利所長と幸田和生司教様からのお話や参加者同士の分かち合い、夕食後の交流会を通して、カリタス南相馬が地域の皆さまと共にあることは、本当にかけがえのないことであると実感しました。
「来なさい。そうすれば分かる」。分かった私はどうすればいいのかということを、これから考えていきたいと思います。この地を再訪できる機会を作ってくださり、本当にありがとうございました。
(元神戸海星女子学院中学校・高等学校教諭)
助友伸子
編集後記
今号の「司教の日記」に記されている「アジア司教協議会連盟(FABC)第12回総会」で話された諸問題は、遠い国の話ではなく、私たちの身近な問題へのアプローチのようにも感じます。2036年の教区100周年に向けて、より良い方向に向いて行けるように皆様のご協力を得ながら取り組んで行きたいと思います。
仙台教区広報委員会では、皆様から原稿を募集しています。投稿は随時受け付けていますので、下記のアドレス宛てにメールで添付ファイルでお送りください。手紙の場合は教区事務所宛てに郵送してください。(関毅)
次号発行予定日
12月1日(火)
原稿締め切り日
10月18日(日)
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